3割負担でも薬代は毎月9万円以上…12年ぶりのアルツハイマー病「新薬」がもたらす悩ましい現実

3割負担でも薬代は毎月9万円以上…12年ぶりのアルツハイマー病「新薬」がもたらす悩ましい現実(プレジデントオンライン) – Yahoo!ニュース

製薬大手のエーザイが米バイオジェンと共同で開発したアルツハイマー病の新薬が正式に承認された。

ジャーナリストの村上和巳さんは「新薬にはアルツハイマー病の症状の進行を27%抑制する効果がある。症状の進行は抑制されるが、投与の効果を患者自身や家族が実感できるものではない。『夢の新薬』とは思わないほうがいい」という――。

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■認知症の社会的コストは19兆円超にものぼる

 2011年7月以降、10年以上にわたって新薬が登場していなかった認知症の原因疾患・アルツハイマー病に対する新薬が久々に登場する。

厚生労働省は9月25日、国内大手製薬企業のエーザイと米バイオジェンが共同開発したレケンビ(一般名:レカネマブ)を正式承認した。

 長らく新薬が登場していなかった中で、レケンビの登場は大きな前進で、患者やその家族からは期待が高まっている。

しかし、あえて言えば、レケンビもアルツハイマー病の「夢の新薬」には程遠いのが実情だ。  

先進国有数の超高齢社会を迎える日本では認知症患者が増加し続けている。

国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)の研究では、国内の認知症患者数は2025年に約675万人、高齢者の約5人に1人になると推計。日本の高齢化のピークは2040年代と予測されており、当面患者数は増加の一途をたどる。  

高齢疾患の中でも認知症に特徴的なことは、医療・介護従事者、家族の有形・無形の負担が大きい点だ。例えば高齢夫婦のどちらかが認知症になれば、配偶者やその子供の日常生活は介護に忙殺され、時には仕事を辞めてまで介護に専念することさえある。

 厚生労働科学研究「日本における認知症の社会的コスト」では、認知症にかかわる医療費、介護費、インフォーマルコスト(家族による無償介護をコスト計算)の合計は2025年時点で19兆4000億円と試算している。これは国の年間所得税収入に匹敵し、日本社会全体で喫緊の課題とさえ言える。

■認知症で最多を占めるアルツハイマー病とは

 認知症は主にアルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症の3つの原因疾患があり、このうちアルツハイマー病が全体の約7割を占める。

アルツハイマー病の原因は完全には解明されていないものの、「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれる異常なタンパク質が脳内に溜まり神経細胞を死滅させることが発症の一因と考えられている。

 アルツハイマー病は、外出先での迷子、お金の取り扱いが不正確になる、物をなくす・想定外の場所に置き忘れるなどの症状が現れる「軽度」、家族を認識できない、新しいことを覚えられない、幻覚・妄想などが出る「中等度」、コミュニケーション能力をほぼ喪失する「高度」の順で進行する。

 ここで原因の1つとして考えられているアミロイドβの蓄積と発症との関係の概略を説明する。まず、早ければ50代くらいから脳内でアミロイドβが溜まり始める。70代は神経細胞の損傷・死滅が本格化し、ほぼ問題なく日常生活を送りながらも物忘れの頻度が増えるアルツハイマー病発症前段階の「軽度認知障害(MCI)」になり、80歳代で軽度アルツハイマー病を発症する。アルツハイマー病は、このように20~30年をかけて本人も周囲も気づかないまま忍び寄ってくる。

■失敗が相次いだアルツハイマー病の新薬開発

 アルツハイマー病とアミロイドβの関係が明らかになり、これを標的としたアルツハイマー病の新薬開発は2000年前後から活発化し始めた。

しかし、新型コロナウイルスのワクチンを世に送り出した世界ナンバーワンの製薬企業ファイザーをはじめとする、通称メガ・ファーマと呼ばれる製薬国際大手各社が取り組んだ新薬開発は、第3相試験と言われる最終段階の臨床試験で十分な有効性を示せず、つい最近までことごとく失敗に終わっていた。  

実際、米国研究製薬工業協会が2015年7月に公表した報告書では、1998~2014年に臨床試験が行われたアルツハイマー病新薬候補127成分のうち、規制当局からの製造承認取得に至ったのは4成分、確率にして3.1%にすぎない。新薬開発では、一般的に臨床試験入りした成分の10%強が市販にこぎ着けるが、アルツハイマー病治療薬ではその3分の1という超低確率なのだ。

 ちなみにこの4成分とは、今回のレケンビの開発に名を連ねるエーザイが、アメリカで1997年、日本で1999年に発売した世界初のアルツハイマー病治療薬アリセプト(一般名:ドネペジル)をはじめとする、現在国内外に存在する4種類の治療薬そのものである。

 アルツハイマー病治療薬の開発が難しいのは、(1)病気の原因にまだ不明点が多い(2)進行がゆるやかで一般的な第3相試験期間である1~2年では効果が確認しにくい(3)脳への作用成分ゆえに有効性が得やすい高い投与量の設定に製薬企業が慎重、などが挙げられる。

■「アデュヘレム」の承認を巡る審議

 実は今回のレケンビ以前にアメリカでは2021年6月、同じエーザイとバイオジェンが開発したアミロイドβを標的とした人工的な抗体を成分とするアデュヘルムが世に送り出された。

しかし、この薬では2つの第3相試験のうち、投与量が多い試験では有効性が示された一方、もう1つの臨床試験では有効性を示せなかった。

 このため専門家内では承認に否定的な見解が大勢を占めたが、長らく新薬が登場せず、患者や家族の期待も高いという理由から、アメリカ食品医薬品局(FDA)は承認後に追加臨床試験データを提出することを条件に「迅速承認」という“政治判断”に踏み切った。いわば仮免許のようなものだ。

 しかし、適応が大幅に制限されたため、存在はしても実質的にはほぼ使えない薬となってしまっている。ちなみに日本でもアデュヘルムの承認を巡る審議が行われたが、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会は現在のデータでは有効性の判断が困難として、継続審議という形で承認を見送っている。

 そうした中でレケンビは今年1月、第3相試験の一段階前の第2相試験での有効性データを基に米FDAから前述の仮免許に当たる迅速承認を取得。その後、第3相試験で示せた有効性データを提出し、この7月にアメリカで正式承認に切り替えられた。そして今回、日本でも正式承認されるに至った。

■新薬・レケンビと既存薬の違い

 今回承認が了承されたレケンビもアデュヘルムと同じくアミロイドβに結合する人工的に製造した抗体を医薬品としたもの。レケンビを投与すると、この抗体が脳内に溜まっているアミロイドβと結合。その結果、抗体を目印に集まってきた一部の免疫細胞などの働きでアミロイドβが分解・除去される。

 これに対し、既存の4種類のアルツハイマー病治療薬のうち3種類は神経細胞内を行き来して膨大な情報を伝える役割を果たす神経伝達物質で、記憶に関与すると言われるアセチルコリンが脳内で減少することを防ぐことで効果を発揮する。残り1種類は逆に過剰になることで記憶に悪影響を及ぼす神経伝達物質のグルタミン酸の量を調節する働きがある。ただし、これらの薬は投与開始から1~2年で無効になることが一般的だ。

■レケンビは根本療法に近い薬

 ここでアルツハイマー病とアミロイドβの関係、それに効果を示す今回のレケンビとアリセプトなどの既存薬との違いについて、神経細胞を屋外の電線に例えて説明する。

 屋外の電線は冬の大雪時には、降雪の重みで次第に電線が弱り、最終的に切断してしまうことがある。電線が切断すれば、当然電気は流れなくなるので、周辺は停電となる。

 この現象をアルツハイマー病に例えると、電線が神経細胞、電線に積もった雪がアミロイドβ、積雪量が多くなると電線が摩耗し、最終的に電線が切断されるまでの過程は、アルツハイマー病が軽度から高度まで徐々に進行する状態となる。

 この枠組みで、レケンビとアリセプトの役割を例えると、レケンビは除雪で電線の摩耗・切断を防いで停電を回避するのに対し、アリセプトなどは除雪せず、弱り始めた電線により多くの電気を流す、あるいは過剰な電気を調節しようとするもの。  

後者では、積雪(アミロイドβの蓄積)は放置したままなので、いずれ電線(神経細胞)は摩耗・切断(死滅)し、電流を調節する努力(神経伝達物質の減少抑制や調節)が意味をなさなくなる。アリセプトなどが1~2年で効果がなくなるのは、こうした原理だ。  つまりアリセプトなどが対症療法なのに対し、レケンビは根本療法に近い薬と言える。

■患者1795人を対象にした試験の結果

レケンビでは、北米、ヨーロッパ、アジアの50~90歳のMCIと軽度アルツハイマー病の患者1795人を2グループに分け、一方にはレケンビ、もう一方には偽薬(プラセボ)をそれぞれ1週間おきに1年半にわたって静脈内に点滴で投与し、その効果を比較した第3相試験「Clarity AD試験」が行われている。

 効果は認知症の重症度や進行度を評価する臨床的認知症尺度(CDR)というもので評価した。CDRは認知症で認められる症状や周辺環境変化を6項目に分類。各項目5段階の深刻度を医師が評価し、それに応じてあらかじめ定められた点数(18点満点)を合計して評価する仕組みである。点数が高いほど症状が進行していることを示す。  

試験終了時点での点数の変化から、レケンビを投与されたグループでは、偽薬を投与されたグループに比べ、アルツハイマー病の症状の進行が27%抑制されていたことが分かった。これを期間に置き換えると、レケンビを投与された人では、偽薬を投与された人と比べ、あるレベルまでの認知機能低下を5.3カ月先送りすることができたという結果になる。

 また、最近ではこの結果とアルツハイマー病の自然経過データを使用したシミュレーションから、アリセプトなどの対症療法にレケンビを加えた場合、対症療法のみと比べて軽度認知障害(MCI)→軽度アルツハイマー病→中等度アルツハイマー病→高度アルツハイマー病という進行の各段階(矢印部分)を2~3年遅らせる可能性があると試算されている。

■レケンビ特有の副作用とは

 一方、レケンビには特有の副作用もある。アミロイドβは脳内では神経細胞のほかに血管の外側にも溜まった結果、血管の一部がもろくなっている。このためレケンビを投与すると、この血管に溜まったアミロイドβも分解・除去することで「アミロイド関連画像異常(ARIA)」という副作用が起こる。  

このARIAは抗体が血管の外側のアミロイドβを除去した際に、血管から漏れ出した血液の液体成分で脳組織がむくむ「アミロイド関連画像異常――浮腫/浸出(ARIA-E)」、あるいは血管から出血する「アミロイド関連画像異常――微小出血/脳表ヘモジデリン沈着(ARIA-H)」の2種類に分けられる。

 Clarity AD試験ではレケンビを投与された人のうちARIA-Eが12.6%、ARIA-Hが17.3%確認され、うち具体的に何らかの症状が出た人はARIA-Eが2.8%、ARIA-Hが0.7%だった。

 なお、Clarity AD試験後の継続試験では、レケンビを投与された人のうち2人が脳出血で死亡したと報告されている。ただ、このケースは、別の理由で血液を固まりにくくする薬を服用中だったり、出血を起こしやすい合併症を複数有していたりなどの事情があったため、レケンビ投与が死亡につながった可能性は現時点で低いと考えられている。  

もっともARIAは発見が遅れると致命的になる可能性があるため、治療の際は定期的にMRI(磁気共鳴画像)を撮影し、注意深く経過観察することが必要になる。

■レケンビの効果は目で見えない

 過去10年以上、多くのアルツハイマー病の新薬候補が挫折して消えていった中で、ようやく登場したレケンビだが、実は課題も多い。

 まず、改めて強調したいことは、この薬はアルツハイマー病を治す薬ではなく、進行速度を緩やかにする薬である。溜まっているアミロイドβを分解・除去するものの、投与時点までに損傷した神経細胞は元には戻らない。しかも、脳内ではアミロイドβが溜まる現象は続いている。根本療法には近いが、例えて言えば、浸水が始まった家の中の水を必死にポンプでくみ出すようなイメージだ。

 アルツハイマー病でも神経の死滅がかなり進んでしまっている中等度以上の患者は効果が期待できないため、投与対象はあくまで早期アルツハイマー病と称される、軽度アルツハイマー病とその前段階のMCIに限定される。前述のAMEDの2025年時点の推計ではアルツハイマー病患者は466万人とされているが、早期アルツハイマー病はこのうち約4割と言われ、この段階で使える人は186万人程度に絞り込まれる。

 しかも、前述の「進行を27%抑制する」という効果は、患者自身や家族が実感できる、あるいは目で見えるものではない。しつこいようだが、あくまで進行を抑制するものなので、この薬で物忘れなどがなくなったり、軽くなったりするようなものではないのである。  

さらに極端な話を言えば、医師ですら目で見てわかるものではなく、前述のCDRなどで定期的に評価し、レケンビを投与していない人と比較して何となく分かるようなものと言っても良い。

■投与に必要な診断・検査に付きまとう“制限”

 また、実際の投与対象は早期アルツハイマー病の中でも、検査でアミロイドβが脳内に溜まっていることが確認された場合のみだ。この検査は陽電子放出断層撮影(PET)あるいは脳脊髄液検査(CSF検査)の2種類あるが、実はこれらを受けるのは必ずしも容易ではない。

 PETの場合、使用する放射性診断薬は比較的短時間で使い物にならなくなるため、製造場所から輸送に時間を要する地域では、検査そのものが困難である。しかもPETの読影訓練を受けた医療従事者がいる医療機関も限定的。さらに現状でPETは近く保険適応になる見通しだが、それでも検査の患者自己負担額は数万円の見込みだ。

 一方、脳脊髄液検査は高額ではないが、局所麻酔のうえ背中から針を刺し(腰椎穿刺)て採取することが必要になるため、患者にとってはかなりの負担になる。  昨今ではこうした経済的・物理的負担を考慮し、アミロイドβ量を測定する簡易な血液検査の開発が進んでいるものの、正式にこれが使えるようになるのはもう少し先になる見込みだ。  

こうなると早期アルツハイマー病患者の中でも医療機関の所在地、検査費用や身体の負担などから検査を受けられる人が絞り込まれてしまう。

■薬剤費だけで月9万円と高額

 こうした医学的な適応をすべてクリアできた患者でも、全員がこの治療を受けられるとは言えない。まず、この薬は1週間おきに医療機関で点滴が必要なため、その通院が可能な人に限られる。

 さらに、それ以上に問題なのが薬剤費だ。レケンビは前述のように人工的な抗体を医薬品としたものだが、その製造は複雑かつ高コストで、一足先に承認されたアメリカでの年間薬剤費は約375万円とされている。

 日本での公定薬価はいくらになるかは現時点では決定していないが、アメリカより極端に安い価格になることは考えにくい。仮にアメリカと同額だった場合は、1カ月の薬剤費は約31万円。医療保険の3割負担ならば、薬剤費だけで1カ月9万円超となる。診察料、副作用チェックのための検査費用を含めれば、それ以上だ。

■実際にレケンビを投与されるのは1%程度か

 もっとも日本では医療費が高額過ぎて治療を受けられないことがないように、収入に応じて月当たりの支払い医療費上限を定めた「高額療養費制度」がある。例えば70歳以上で年収約370~770万円の場合、月当たりの医療費支払い上限額はかかった医療費の総額によって異なるが最低で8万円強。これ以下の年収では月額一律1万8000円と大幅に下がるが、早期アルツハイマー病と診断される年齢層は現役世代より収入が少ないのが一般的であることを考えれば、この負担は相当重い。

 このように医学的な適応をクリアしても投与にたどり着く人はごく限られる可能性は高い。一説には前述の推計約675万人の認知症患者のうち実際にレケンビを投与されるのは1%程度ではないかとの見方もあるくらいだ。

 しかも、この1%、約6万人が投与を受け、アメリカとほぼ同薬価と仮定すると、国内で消費される年間薬剤費はこの一剤で約2000億円に達する。日本国内で最も売れている医薬品の売上高規模が約1400億円であることを考えれば、公的医療保険財政に強烈な負担を与えることになる。

■数年後に手遅れと判断される患者も

 そして今後、発売から数年を経て問題になると思われるのが、「実はあの時に投与しておけば良かった」という患者が一部に現れる可能性があることだ。

 レケンビの投与対象はMCIと軽度アルツハイマー病だが、特にMCIは記憶力低下以外ほとんど問題がなく、本人も周囲も「歳のせい」で片付けてしまいがちだ。当然、将来的なアルツハイマー病発症リスクを疑って受診することは少なく、気がついたときには軽度アルツハイマー病を発症してしまっていたということが十分に起こり得る。

 これを防ぐためには、中高年の健康診断などで認知症簡易診断やアミロイドβ検査を行ってMCI患者を発見する解決法も考えられるが、前述のようにアミロイドβ検査は簡単に行えるものではない。もし簡易血液検査が実用化されたとしても、大規模に行えば無駄な検査を増やす恐れがあり、適切かつ効率的な検査対象の絞り込みが必要になるが、現時点でこの点について明確な答えはない。その意味ではレケンビが登場すると、一部では不安をあおりつつ、医療保険が適用されない自由診療の検査に誘導するビジネスが増加しかねない懸念もある。

 さらにMCIの患者を“掘り起こす”ことになれば、公的医療保険枠内でのレケンビの薬剤費支出は急増し、国の財政負担が激増するという悩ましい問題も発生する。

 いずれにせよ死屍累々だったアルツハイマー病新薬開発は、第一段階の長いトンネルを抜けたかもしれないが、この先も課題山積であることはほぼ間違いないのである。

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