【日曜に書く】悲劇を喜劇に変えてみせる 論説委員・長戸雅子 – 産経ニュース (sankei.com)
「木の船で米国へ行け、というのと同じレベルのことかもしれません」
少年院・刑務所専門の求人誌「Chance!!」(季刊)を発行する株式会社「ヒューマン・コメディ」(東京)代表の三宅晶子さん(52)は、出所した人が社会に定着するハードルの高さをこう表現する。
46・9%。満期釈放された元受刑者が、5年以内に刑務所に再入所する率(令和4年版犯罪白書)だ。治安がいいといわれる日本だが、再犯防止は喫緊の課題となっている。
大切な選択肢
「本人の自己責任」「日本社会の冷たさのせい」。再犯率の高さについてはさまざまな声があるが、三宅さんは「住むところも仕事もない。出所後の選択肢のなさこそが問題」という。
その「選択肢」を作ろうと、専用履歴書付きの求人誌を5年前に創刊した。法務省の後押しもあり、現在は全国の刑務所や保護観察所などに無料で配布されている。
9月発行の最新号では「若いころ暴走族の(女性)総長で、逮捕歴も多数ありました」「借金大魔王だった人、全身アートな人が当社でリスタートを切っている」と掲載企業の代表が自身や会社を率直に紹介する。
建設業や理容業など掲載されている30社の代表のほとんどと三宅さんは面談している。「ただ人が欲しい」というところではなく、元受刑者を支えていく決意を持つ会社を掲載している。全社が身元引き受け可能で寮や社宅を備えるのが特徴だ。
9月22日時点で、応募総数は1967件。内定者数は322人。半年以上定着した人は48%という。
求人の項目には「採用が難しい罪状」との欄もある。殺人などの凶悪犯罪、重い性犯罪、児童虐待などだ。これら重大犯罪には、国が主体となった特別な取り組みが必要だろう。
「正義」への反動
三宅さんは元非行少女。両親はともに銀行員だったが、男女の賃金格差解消などを求めて自分の勤務先を訴える闘士だった。自宅には、両親の活動を支援する人たちが集まり、正義が常に熱く語られていた。
「非行は、正義への反動でもあったのでしょう。自分は親のように立派にはなれないという思いもありました」
家出やけんかなどを繰り返し、高校は退学させられた。
大手術を受け入院していた母に退学を告げると、強いはずの母がさめざめと泣いた。
「申し訳ない。このままではいけない」との思いから、一念発起して17歳で再入学し、28歳で大学を卒業した。大手企業を退職後、さまざまな出会いを経て「人の背中を押す仕事をしたい」と平成27年にヒューマン・コメディを設立した。
社名は父が誕生日にくれた本、米作家のウィリアム・サローヤンの小説名からとった。「目の前のどんな悲劇も喜劇に変えてみせる」との決意も込められている。
せっかく就職した元受刑者が、突然連絡を絶つ=「飛ぶ」ことも珍しくない。飛んだ本人の代わりに雇用主に謝りに行くこともある。でもめげることはない。「明日の自分だって分からないのだから、目の前の人が二度と犯罪をしないとは信じていません。でも本人が本気で変わりたいと思うなら、いつでも変わることができると信じています」
過去は価値に変えられる―が信条だ。「犯罪自体は価値になりませんよ」と明言したうえで、「葛藤し、苦しんだ経験はいつか誰かを救う力になるのではないでしょうか」と話す。
笑って死にたい
三宅さんには、納棺師というもうひとつのキャリアがある。会社設立直後、資金不足に悩み、太平洋に木の小舟で送り出された気持ちになった。招かれた講演で話した後、「誰か助けてください!」と訴えた。
終演後、あるベテラン納棺師から「あなたにきっと向いている」と勧められた。事件や事故など不慮の死で遺体には苦悶(くもん)の表情が残ることがある。そうした遺体を生前の本人の一番良い表情に整えて送り出す仕事だ。
非行歴がある方が、度胸もあり、人の痛みが分かるので良い納棺師になれるのだという。
納棺師と元受刑者支援には「最終的に人を笑顔にする」という共通点がある。
三宅さんは言う。「自分が死ぬとき、笑って死にたい。だから他の人も最期に笑える人生にする手伝いをしたい」(ながと まさこ)