特定非営利活動法人WorldOpenHeart – マイノリティでもこわくない! 阿部恭子さん記事↓
更生保護に関わる筆者として、以下の記事は、忘れてはならない視点だと思っています。
無罪にはなったが…ベトナム人技能実習生「嬰児遺棄事件」からみえる日本社会の「異常な現状」(阿部 恭子) | マネー現代 | 講談社 (gendai.media)
無罪判決の背景に支援者たちの努力
3月24日、最高裁判所は、2020年11月、熊本県芦北町で孤立出産の末、双子の嬰児を死産し、遺体を遺棄した罪に問われ有罪判決を受けていたベトナム人元技能実習生の被告人(敬称・リンさん)に対し、逆転無罪の判決を言い渡した。
逮捕から2年4カ月。リンさんが無罪主張を貫き、最高裁まで争うことができた背景には、弁護団のみならず、リンさんの生活を支えてきた支援者たちの努力が不可欠だった。しかし、追い詰められ、逮捕されるに至ったすべての技能実習生が、こうした手厚い支援を受けられるわけではない。
技能実習生は留学生と違い、日本語を学習する機会がないことから、全く日本語が理解できない人々も多い。リンさんの日本語も挨拶程度だという。言葉が通じない技能実習生たちは、困りごとを抱えても相談する術がなく、逃亡や失踪に至っている。
事件が起きても、地方ではベトナム語の通訳が少ない事情もあり、弁護人とのコミュニケーションが十分ではないまま裁判を迎えているケースも少なくなかった。
たとえ、支援団体からのアプローチがあったとしても、来日してから裏切られる経験しかしてこなかった実習生にとって、すぐに相手を信じることは難しく、ボランティアに対して、後に見返りを求められると思い込み、拒否する人々もいるという。したがって、支援者側からの丁寧なアプローチを続けなければ支援は成立せず、支援を継続していくには費用もかかる。
リンさんは運がいいと思う人もいるかもしれないが、リンさんは実名報道によって、これまで「犯罪者」として激しいバッシングに晒されてきた。
逮捕記事には「子どもを殺すような外国人は日本から出ていけ」といったコメントが並んだ。ベトナム人の利用するSNSのコメントも同情的ではなく、「刑務所に行くべき」「日本の司法が許しても私たちは許さない」といった辛辣なコメントが並んでいた。
リンさんはこうした世間の反応に、度々心が折れたと話す。沢山の支援者に囲まれ、ある種、有名になってしまった彼女への嫉妬もあったかもしれない。先にも述べたが、劣悪な環境下に置かれながらも支援をうけることができない実習生は山ほどいるからである。
リンさんの行為は嬰児の「遺棄」にあたるか
リンさんは、ベトナムの家族を助けるため2018年に来日し、熊本県内の農園で技能実習生として働いていた。2020年5月頃、妊娠に気が付くが、強制的に帰国させられることを怖れて誰にも相談できずにいた。2020年11月、自宅で双子の赤ちゃんを死産し、翌朝、雇用主により病院に連れて行かれ、医師が警察に通報し逮捕された。
リンさんは死産の後、双子の遺体をタオルで包み段ボール箱に入れた。双子に名前をつけ、お詫びの言葉と天国で安らかに眠るようにと書いた手紙を入れて、遺体の入った箱を自室の棚に置いておいた。遺体を捨てたり、隠したりはしていない。体調がすぐれない中、どうすればよいかわからないまま逮捕になってしまったのだ。
熊本地方裁判所は、遺体を棚の上に置いていた行為を放置による遺棄と判断し、懲役8月執行猶予3年の有罪判決を言い渡し、リンさんは控訴した。
福岡高等裁判所は、リンさんが医師に死産を告白するまでの「33時間」は、埋葬義務を履行するだけの相当期間が経過したとは言えないことから放置による遺棄は成立しないと一審判決を破棄したが、リンさんが遺体を入れた箱をセロハンテープで封をした行為が「隠匿」にあたるとして死体遺棄を認め、懲役3月執行猶予2年の判決を言い渡した。減刑されたものの有罪判決に変わりはなく、上告していた。
最高裁判所は死体遺棄について、「習俗上の埋葬などとは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の『遺棄』に当たる」としたうえで、リンさんの行為は「習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められない」と無罪を言い渡した。
技能実習生たちの訴訟へのハードル
無罪判決を受けリンさんは、最後に「技能実習生は機械ではない、人間だ」と訴えてた。
筆者は、リンさんと同じく熊本在住のベトナム人技能実習生グエンさん(仮名・30代)を取材した(現代ビジネス3月1日記事)。
熊本市内の建設現場で働いていたグエンさんは、15階のビルから転落し、奇跡的に一命を取りとめた。ところが、グエンさんは会社側の責任を追及することなく帰国してしまったという。グエンさんだけでなく、雇用主から暴力を受け続けた挙句、安全が保障されない環境で体の一部を失うような事故が起きているにもかかわらず、訴訟に踏み切るケースは少ない。その背景には、同じ職場には事故が起きた後も働き続けているベトナム人技能実習生がいるからである。ベトナムの送り出し機関から訴訟を取り下げるよう圧力がかかる場合もあり、従わなければベトナムの家族に被害が及ぶ恐れもあるというのだ。
ベトナムに帰国した技能実習生たちは、日本での地獄のような経験は他人には語らず、地獄を経験した実習生が送り出し機関で働くという悪循環も起きているという。
被害の実態と加害の責任が明らかにされないまま葬られる事件・事故が多いのだ。
リンさんやグエンさんが働いていた会社は、十分な給与を支払うことができず、技能実習制度に頼り切っていると言っても過言ではない。本件は、こうした日本の労働状況、そして、外国人のみならず、孤立出産せざるを得なかった女性に対して罰を課すだけの社会という日本の問題を炙り出している。