序章 経済危機と民主主義の危機
人間の歴史がこのまま進路を変えなければ、タイタニック号が氷山に衝突したように、未来は破局へと向かってしまうに違いない。
そうした危機認識のもとに、ささやかな本書を世に出すことにした。
しかも、破局を回避するために、どのような進路に舵を切るかについては、すべての社会の構成員がかけがえのない能力を発揮する、共同意思決定に委ねられる必要がある。
そうした確信にもとづいて、本書は未来を構想しようとしている、、、
人間の社会を消滅させてしまうかもしれない危機の「ツナミ」が、絶えることなく打ち寄せてくる時代を私たちは生きている。
人間の生命活動を脅かすように打ち寄せる危機の波を乗り越えようとすれば、「民主主義の経済」である財政を有効に機能させるしかない。
本書が「財政と民主主義」と銘打っているのも、そのためである。
財政は社会の構成員の共同負担で、社会の共同の困難を克服するために、共同事業を実施する「民主主義の経済」である。
民主主義というものが、被統治者である社会の構成員が同時に統治者でもあることを意味するのだとすれば、財政は統治者である社会の構成員の権利と責任にもとづいて運営されるはずである、、、
日本では、財政が民主主義にもとづいて運営されていないという財政民主主義への不信感が広がっている。
もちろん、それは民主主義への悲しいまでの幻滅と失望の別表現でもある。
日本の民主主義に対する絶望の度合は、先進諸国では最も高いという指摘すらある。
実際、日本の選挙の投票率も国際的にみて著しく低いのである、、、
しかし、絶え間なく打ち寄せる危機の波を前にして、人間の生命活動を持続させるために、財政を有効に機能させて、この波を乗り切るシナリオを描かなければならない。
もちろん、そのためには民主主義を活性化し、財政を被統治者の共同意思決定のもとに運営する財政民主主義を取り戻さなければならない。
民主主義によって有効に機能する「賢い財政」を築くことが、人間が人間らしく生きる未来のビジョンを創造していくことに繋がるはずである。
こうした問題関心から本書は、財政と民主主義を有機的に関連づけて、すべての社会の構成員による社会参加のもとに、自分たちの運命を自分たちの共同責任で決定できる社会を構想しようとするささやかな試みなのである。
神野直彦「財政と民主主義-人間が信頼し合える社会へ」岩波新書 2024年2月