「万物の黎明」 [著]デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ

「万物の黎明」 [著]デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ

 数年に一度、人類史の全体像を提示する本が現れ、国際的なベストセラーとなることがある。原書が2年前に英語で刊行された本書も、その一冊だ。

副題を見て『サピエンス全史』のような本を思い浮かべるかもしれないが、その印象は裏切られるだろう。人類学者と考古学者の手で書かれた本書は、このジャンルの前提に正面から挑戦する。

 その前提とは、人間社会が一定のパターンに沿って進化するということだ。典型的には、小規模で平等な狩猟採集社会が、定住農耕による生産力の向上を経て、階級格差を伴う大規模な国家へと発展する。

 本書によれば、こうした思考は西洋人の偏見にすぎない。近年の考古学は、農耕が始まる前に巨大な都市が築かれたことを示す遺跡など、従来の先史時代のイメージに反する事例を数多く発掘してきた。

また、人類学は、一般的には「未開」だと見なされる人々の暮らす社会が、実は極めて豊かな多様性を持つことを明らかにしてきた。

 ここに浮かび上がるのは、固定化した生き方に縛られない自由な人々によるダイナミックな社会実験の場としての先史時代だ。

隣の地域の人々が身分制を敷くのであれば、自分たちは身分を作らないことで差異化する。

今の土地が住みにくければ、遠くに移動して別の人々と共に新たな社会を作る。他人の命令に従わず、他所(よそ)に移動できる自由を持つ人々の間では、格差は固定化しにくい。男性と女性の地位も、相対的に平等だった。

 だが、こうした自由はヨーロッパやアジアでは消滅していく。その例外が、ユーラシア大陸と接触を持たなかったアメリカ大陸だった。

そして15世紀以降、アメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人は先住民と遭遇し、その自由な生き方に驚く。先住民の政治思想がヨーロッパの身分制社会を揺るがすことを恐れた啓蒙(けいもう)思想家たちは、自らをアメリカよりも進んだ文明として位置づけようと試みた。

そこから生まれたのが、狩猟採集社会から農耕社会に向かう進化論モデルだったと本書は見る。

 日本を含む世界各地の事例を渉猟し、社会を変革する能力として人間の自由を捉え直す本書は、西洋中心主義的な文明観に反省を迫る。

興味深いのは、そんな本がまさに西洋社会の中心に現れたことだ。それは、一面では格差の拡大に伴う閉塞(へいそく)感を反映するものだが、同時に他の文化圏の思想を広く吸収して発展の糧としてきたエネルギーを感じさせる。

著者たちの意図はどうあれ、本書のような作品が生み出される限り、今後も西洋社会は光を放ち続けるだろう。

    ◇

David Graeber ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授。ウォール街占拠運動でも知られ、2020年死去。著書に『負債論』『ブルシット・ジョブ』など

David Wengrow ロンドン大比較考古学教授。

「万物の黎明」 西洋の中心で文明観の反省迫る 朝日新聞書評から|好書好日
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評者: 前田健太郎 / 朝日新聞掲載:2023年11月11日

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