宇沢弘文先生の教え~神野直彦東大名誉教授による講義録より抜粋~

宇沢弘文先生の教えーー  神野直彦東大名誉教授による講義録より抜粋

導きの星としての二つのレールム・ノヴァルム

宇沢弘文東大名誉教授が考えた ヨハネ・パウロ2世のレールム・ノヴァルム、その副題
・「社会主義の弊害と資本主義の幻想」 1991年
“Abuses of Socialism and Illusions of Capitalism”

1891年のレオ13世のレールム・ノヴァルム
・「資本主義の弊害と社会主義の幻想」
“Abuses of Capitalism and Illusions of Socialism”


資本主義と社会主義を越えて人間の尊厳と魂の自立を可能にする経済体制は、いかなる特質をもち、いかなる方法で具現化できるか

二つの環境破壊  ・自然環境の破壊  ・人的環境の破壊

自己再生力のある自然環境、自己再生力のある人間環境(人間の社会)という二つの自己再生力を持続可能にする発展の追求

・社会目標を転換する  「所有(having)欲求」から「存在(being)欲求へ」

「豊かさ」から「幸福(well-being)」へ

・「飢餓の恐怖」からの解放
・生活水準の向上から生活様式の充足を求める
・「量」の経済から「質」の経済へ

所有欲求=(人間の外側に存在する)自然を所有することによって充足される欲求充足されると「豊かさ」を実感する

存在欲求=人間と人間、人間と自然との関係が調和することによって充足される欲求充足されると「幸福(well-being)」を実感する

工業社会では存在欲求を犠牲にして、所有欲求を充足したのに対して、ポスト工業社会としての知識社会では人間の人間的欲求である存在欲求の充足を目指す

所有欲求を充足する工業社会では「蓄える」ことが美徳であっても、知識を生産するポスト工業社会では「惜しみなく与え合う」という共同体的人間関係が培養する精神的風土が美徳となる

・市場社会の三つのサブ・システム  

三位一体だった人間の社会が三角形になっている

政治システム=民主主義  経済システム=市場  社会システム=インフォーマルセクター

一人が「生産者」「生活者」「統治者」という三役を演じて、三つのサブ・システムに参加する

「生産のための生活」から「生活のための生産」に戻す

人間は生命活動(=生活)のために、人間と人間との絆を形成し、自然に働きかける

人間の生命活動は地域ごとに相違する自然環境に調和するように、人間と人間との調和した社会環境を形成して営まれる

地域社会ごとに人間の生命活動が完結する生命自給圏の形成をめざす

私たちは、学校、職場、余暇活動などで、さまざまなグループに属しています。

しかし、私たちにとって最も大事なグループは、それがどんなタイプであるかにかかわりなく、家族です。

人々は「家族は、社会全体がその上に成り立っている基礎である」とやや重々しく表現します。

家族の中にあって、私たちは、親近感、思いやり、連帯感、相互理解を感じます。
一方、そこには要求されるものもあります。
お互いへの配慮や敬意、そして、家族の一員として家庭内の仕事を分担するなどです。
家族にあっては、私たちはありのままでいながら、受け入れられ好かれていると感じることができます。
たとえ馬鹿なことを言ったりしてもです。
そういうことは、その他のグループでは決してありません。

スウェーデンの社会科の教科書「あなた自身の社会」より


社会システム(共同体的人間関係)の協力原理

誰もが誰もに対して不幸にならないことを願い合い、幸福になることを願い合っているという「確信」の存在

協力原理の三原則
・存在の必要性の相互確認
・運命への共同連帯責任
・平等の原則

「国民の家」というスウェーデン・モデルに学ぶ
国家は家族のように組織されなければならない
企業も家族のように組織されなければならない
・共同意思決定制度
・「労働共同体」としての企業

地域密着型の多品種少量生産
・少品種大量生産に合わせて生活様式を画一化するのではなく、 地域の多様な生活様式に合わせた多品種少量生産
・生産と消費が同時化するサービス産業と知識集約産業が基軸産業に 生活機能が生産機能の「磁場」になる
・生命体が蓄積したエクセルギーによって地域社会で生命活動の自給圏を形成する

存在欲求を充足する経営管理

「所有欲求」にもとづく「アメとムチ」による管理から、「存在欲求」にもとづく「動機づけ」による管理へ

「何かを学ぶということは、つねに人間の心の中のプロセスです。
このことは誰かが何かを教えてくれるだろうという期待をもつことができないことを意味しています。
あなたは、自分で学ばなければなりません。
あなたが教師として他人に何かを教えるということも、確かではありません。
しかしあなたは、他人が自ら学ぶ状況をつくる手助けや、他人に学ぼうとさせる刺激を与えることはできます。人は誰でも、適切な動機づけがあれば、驚くほどの速さで学習するものです」

中央集権型テイラー主義経営組織から、フラット型ノン・テイラー主義的経営組織へ

テイラー主義経営組織
・経営トップの機能を、人事、経理、企画などと機能別に分類して、ピラミッド型に組織される
・職務の遂行目標(plan)は上から決定され、課業の遂行結果も、上から評価(see)される
・課業の遂行者は執行(do)のみを担当する

ノン・テイラー主義的経営組織
・立案(plan)ーー執行(do)ーー評価(see)という完結した職務循環を遂行できる組織単位をフラットに組織化する
・この組織単位は人事や経理などの機能も総合的に備えている
・生活ニーズに近いところに決定権限を降ろしていく

「ウェルビーイング」な地域づくり

・故郷は近くにありて愛するもの

すべての地域には独自の資源があり、それはいつの時代においても、そこに住む人間たちに生存の基礎を提供し、彼らの活動と発展の枠組みを与えてきた。
人間は、自らの地域に根をもち生活をもってきた。
その地域と自然とのかかわりは、人間の社会的・文化的生活に浸透しており、人々の感じ方、考え方、ものの取り扱い方に影響を与えた。
地域とのかかわりは、人々の安寧および営みにとって基本的な意味をもってきた。

いま、人々が近視眼的な利益を求めて、生まれ出たその環境を捨てて異郷に移り住み、この地域が抜け殻のようになったとき、どんな結果が訪れるだろう。
故郷を残そう、さもなくば無人となってしまう、という危機感が強い反響を呼び起こし、故郷存続へのたたかいを生みだしている。

地域開発が問題とされるとき、開発業者がもっともよく使う議論は「雇用の創出」である。
しかし多くの場合、雇用機会は一時的であり、就労者の数も失われるものの価値とは釣り合わない。

質の高い人間的な環境をつくりだすには、その出発点として、全体的把握と自然環境に関する長期的な計画が要求される。
あらゆる人間的な安寧は、何よりも活力のある自然環境に基礎を置くものである。
それゆえ、私たちは、私たちの自然を守るという重要な課題をないがしろにし続けるならば、いずれはなんらかの罰を被ることになるだろう。


「視点をかえてーー自然・人間・全体」1998年 新評論

発展とは開くこと
「発展(develop)」とは「封をする(envelope)」の反対を意味する
内在しているものを開いていくことを発展という外からの圧力で変形することは発展ではない

短所を埋めることよりも、長所を伸ばすこと

短所を埋めても、たかだか人並みにしかならない
魅力は他の地域には存在しないもの

人間の包括的生活機能を備える
・地域社会は人間が「生」を受けてから、「死」を迎えるまでの 生活機能を包括的に備えていなければならない
・包括的生活機能が充足できなければ、他の地域に行って充足しなければならない
・地域の自然環境に合わせて、包括的生活機能を充足できるような生活様式を形成している
・生活様式を崩せば生活機能が営めなくなり、故郷から移り住むことが生じる

「ウェルビーイング」のために自然環境と社会環境を再創造する
・地域の個性である自然と調和する  「快適(well-being)」な自然環境
・人間と人間の関係が調和している  「幸福(well-being)」な社会環境
・子どもたちが育つために必要な「二つの木陰」 緑の木陰と、人間の絆が織り成す絆の木陰

「サステイナブル・シティ」に学ぶーー生活機能が生産機能の「磁場」となるーー

・ヨーロッパ屈指の工業地帯、アルザス・ロレーヌの中心都市ストラスブールの「環境と文化」による都市再生
・工業によって汚染された大気と水を回復するLRT(次世代型路面電車 Light Rail Transit)の導入による総合行政
・アルザス・ロレーヌの伝統文化の再生
グーテンベルクとパスツールの街
・ヨーロッパ議会、高等行政学院(ENA)の設置
人口23万人の都市にストラスブール大学などの大学生5万人
・バイオをはじめ知識集約産業が開花する

「都市全体が公園であり、美術館である」

すべての地域社会の構成員を排除しないユニバーサル・デザイン
・最も疎外される人間にやさしい地域社会
・道も人間の出会いの場
・子どもたちの遊べる道
・地域社会そのものが公園であり、美術館であり、博物館になる

未来への曙光
・人間の社会は人間を目的としなければならない
・人間は人口ではない
・人間を手段とする社会になると人間は人口になる
・人間は一人ひとりがかけがえのない個性ある存在であるにもかかわらず
 人間を没個性的にとらえられると人間は人口になるからである
・人間が人間として存在できる、人間を目的とした社会こそ、 well-beingな社会なのである

(以上、神野直彦教授「ウェルビーイング」な企業経営と地域づくり 2023年10月4日より)

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