「ホリエモンを有罪にした裁判官」も関わった…「成年後見制度」をめぐる大混乱の全貌

「ホリエモンを有罪にした裁判官」も関わった…「成年後見制度」をめぐる大混乱の全貌(長谷川 学) | 現代ビジネス | 講談社(1/6) (gendai.media)

7月11日に、私どもの法人で講演して下さる長谷川学さんの記事です。

法務省で起きた混乱

発端は、法務大臣が任命する公証人の全国組織「日本公証人連合会」(日公連)の昨年10月6日付の通知だった。公証人は遺言、任意後見契約などの公正証書の作成や会社定款などの認証を行う公務員。公証人は全国に約500人。定年退官した裁判官、検事、法務省事務官らの中から法務大臣が任命する。

通知は、日公連総括理事の小坂敏幸氏の名前で全国の公証人に向けて出された。小坂氏はライブドア事件の被告だったホリエモンこと堀江貴文氏に懲役2年6カ月の有罪判決を言い渡したことで知られる東京地裁の元裁判長だ。

通知は、障害のある子と親の間の「任意後見契約」に関するものだった。任意後見は、本人に判断能力があるうちに、親や子、友人などに「将来、自分が判断能力が無くなったら、自分の代わりに財産管理や各種契約をしてほしい」と依頼するもの。公証人立会いの下で契約を公正証書にして、公証人が法務局に登記を申請する。公証人は法律のプロなので、法務局は公証人の申請をノーチェックで受理、登記するのが一般的だ。

通知が問題化した理由を、ある公証人は次のように語る。

「実は、日公連通知が“法的に有効”と認めて推奨した契約手続きの手法は、これまで民法学者などから“無効”とされてきたものだったのです。当然のことながら、通知を知った民法学者や弁護士、公証人などから通知に対する批判が一斉に沸き起こったのです」

法務省は昨年3月、外局の名古屋出入国管理局で施設収容中のスリランカ人女性が死亡した事件で批判を浴びたばかり。公証人は法務省の所管であり、驚いた法務省は民事局を中心に年末年始返上で、日公連と調整を行った。

「入管での死亡事件の後だけに対応を誤れば国会で追及されるのは必至。あわてた法務省は日公連に“無効の可能性があるので通知内容を修正するように”と指示する一方、傘下の法務局を通じて、どの程度の数の無効な任意後見契約が法務局に登記されているかを調べるように指示しました」(法務省関係者)

調査の結果、500件程度の登記申請があり、その何割かはすでに法務局に登記済みになっていることが判明。法務省は頭を抱えた。

「民法学者ら後見関連法規に詳しい多数派が“無効”としている契約を、法務省傘下の法務局が正式に受理、登記してしまった。このままでは法務省と法務局も、無効な契約を有効と判断したと受け取られる。そこで法務省は11月以降、類似の無効契約の登記を受理しないよう法務局に指示した」(同前)

法務省の動きに呼応し、日公連は小坂総括理事名で、昨年12月13日と24日付けで改めて通知を出し、10月の通知で「有効」とした契約は無効であると修正した。その後、法務省は今年1月24日、「通知の内容は法的に無効」との結論を正式に打ち出した。

何が問題だったのか

日公連がいったん有効とし、後で取り消した契約とは、一体、どのようなものなのか。私は問題の公正証書契約と、契約時の重要事項説明書を入手した。重要事項説明書には「本契約を締結するにあたり、担当公証人および法務局への照会を経て、問題ないとの回答を得ており、登記も可能」と書かれているが、その一方では将来、家裁から無効と判断される可能性があることも指摘している。

形式的には、無効になる恐れを承知で親たちは契約を結び、業者に報酬を払ったことになる。

この契約書の作成に関わった司法書士によると、任意後見と遺言書をセットで契約するので、報酬は一家族につき約54万円という。

公正証書契約も見た。実際に契約を結んだ親に取材したところ「司法書士らが事前に作成したひな形に基づいて、親が名前などを書き入れた」という。「契約の趣旨」には、《障害を持つ子の父親が、母親に「子の任意後見人になってほしい」と頼み、それを母親が引き受ける》などと書かれていた。

先の司法書士によると、両親の一方の不慮の死などを想定し、父親が後見人になる逆バージョンの契約も同時に結ぶので契約書は2通作成する。両親が、それぞれ子の任意後見人になることから、業者はこれを“たすき掛け任意後見”契約と呼ぶ。

「たすき掛け」の何が問題か

専門的になるので詳細は省くが、たすき掛け任意後見契約の最大の問題点は、民法818条3項の『親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う』に抵触している点だ。

先の「後見の杜」の宮内代表に解説してもらおう。

「未成年者の親には親権があり、親権者である親は子に代わって契約を結ぶことができる。しかしそれは両親が共同して親権を行使して行うことが大前提です。たとえば、ある人に“子の任意後見人になってほしい”と親が頼むとき、親は二人で共同して子を代理して頼まねばなりません。ところが今回の契約は、両親が健在であるにもかかわらず、親が一人だけで子を代理して頼んでいる。これは明らかに共同で親権を行使するという原則から外れており、契約書は無効です」

宮内氏によると、たすき掛け契約は3年ほど前に、私が取材した先の司法書士と業者が東京都のある公証人の協力を得て考案したものという。

「私は当初から“無効だから止めるべきだ”と忠告してきたが、業者らは“有効と言う公証人がいる”と耳を貸しませんでした。10月に日公連が有効と通知したのを受け、業者が“山が動いた”とユーチューブなどで宣伝したため、“有効ならやりたい”と多くの親が殺到したと聞いています」

成年後見制度の設計に携わった元法務省大臣官房審議官の小池信行弁護士(元民事裁判官)も、こう話す。

「子が成人してしまうと、家裁は、子の後見人に親以外の弁護士らを選任する可能性が高い。“それなら子が未成年のうちに、父母の双方が子の後見人になればいい”という発想からたすき掛け任意後見という方法が編み出されたのでしょう。しかし親権は父母の婚姻中は共同して行使しなければならないので、たすき掛けは無効。日公連の通知の内容は法的に誤っています」

日公連が有効の通知を出した背景を、ある公証人は次のように推測する。

「公証人の中には元検事や刑事裁判専門の元判事もいます。小坂氏も刑事畑です。そういう人たちは民法の成年後見制度の仕組みや法律、実態に必ずしも精通しているとは言い難い。いまの日公連の執行部は民事畑の声が反映されにくくなっているのではないか」

家裁の対応もバラバラ

私は長年、成年後見制度の取材をしてきたが、この制度に関連する法解釈や運用基準には曖昧なところが非常に多く、家裁判事や士業後見人、公証人の裁量任せの恣意的な法解釈と運用が目立つ。親が後見人になれない理不尽な運用はその最たるものだ。

今回、問題化した任意後見に関しても「植物状態の人以外は、判断能力があるので任意後見を結べる」とする判事がいる一方、「認知症高齢者や知的障害者は判断能力が不十分だから“任意”つまり“本人の意思に任せて”契約を結ぶことはできない」と考える家裁判事もおり、家裁の対応もバラバラだ。

今回の騒動の背景には、こうした法解釈や運用上の曖昧さが関係している可能性もありそうだ。当事者である小坂総括理事に話を聞いた。

「こういう(たすき掛け)任意後見契約は数年前から一部で行われ、登記もされてきました。日公連と法務省は、未成年の知的障害者の任意後見は可能との見解を取っていますが、公証人の中には、未成年の障害者の任意後見はできないという見解を取っている人もいる。未成年の障害者の権利が制限されるのは良くないので、ちゃんとしておこうということから10月に通知を出した。したがって通知は私が単独でやったわけではなく、日公連としての方針です」

「私は(通知が容認した手法は法的に)有効だと思うが、法務省の意見としては“個々の任意後見契約について将来、有効か否かについて裁判所の判断が分かれる可能性がある”ということでした。それで将来的に問題を残すよりは、いまの段階で手続き的に処理しておいた方がいいんじゃないかというから、法務省とすり合わせて通知を修正した。ただし法務省は“無効だ”と言っているわけではなく“無効の可能性がある”と言っている。それだけのこと。法理論的な問題です」

親たちの今後

法の番人たちの右往左往で振り回された親たちは、今後どうなるのか。法務省関係者はこう語る。

「法務局が正式に受理した大量の契約を法的に無効にした場合、 “登記されたのに無効になった。どうしてくれる”と親たちが法務省を追及し、下手をすれば法務大臣の首が飛ぶ。そこで法務省は“本当は無効だけど、別の手続きを踏めば有効にしてあげる”という裏技を使い、問題の幕引きを図るつもりです」

そして、この裏技を使えば、子が今年4月時点で18歳に達しない未成年の場合は、親が後見人になる契約は有効として扱われて“救済される一方、4月時点で子が成人に達している場合は「契約が無効になる可能性が多分にある」(前出関係者)という。つまり18歳を境に明暗が分かれるのだ。

当事者の親に話を聞いた。

「契約した親同士、情報交換をしていますが、4月時点で子が未成年の親は“やれやれ”と一安心。一方、成人の子を持つ親は皆、ガックリと肩を落としています。親が落胆するのも無理はありません。子が成人の場合は、4月になると認知症高齢者同様、成年後見制度が適用され、私たち親が嫌っている士業が後見人に選任されてしまうからです。そうなるのが嫌なので、私たちは、高いお金を払って任意後見契約を結んだのに、結局、士業が後見人になるのだからやり切れません」

私が入手した法務省の文書によると、子が成人の場合でも(1)家裁が選任した士業後見人が「親が後見人になる任意後見契約は有効。私は降りるので親を後見人にしてほしい」と自ら後見人を降りる意思を示し、(2)それを家裁判事が認めれば、契約は有効になるようだ。

「しかしそれは絶望的です。せっかく何もしないでも報酬がもらえる後見人になれたのに、士業が“後見人を降りる”と言うわけがない。そもそも家裁判事の多くは親を後見人にしたがりませんから」と、ある親は話していた。

今後、契約を無効とされた親たちはどう対応するのか。親たちが国や国会に救済を働き掛ける可能性もあり、成り行きが注目される。

それにしても、今回の混乱の根っこには、親族を後見人に選任しない家裁の誤った運用があるのは明らかだ。家裁が士業を後見人に選ぶ背景には「家裁の乏しいマンパワーでは後見に対応できない」(法務省関係者)という問題がある。

「そこで家裁は同じ法曹界仲間の弁護士、司法書士に仕事を丸投げし、仕事がなくて困っている弁護士、司法書士がアルバイト感覚で後見を引き受けている。これでは後見制度はいつまで経ってもよくなるはずがない」(制度に批判的な司法書士の話)

重度の知的障害者の気持ちや健康状態を知るのは、長年寄り添ってきた親だけだ。その親に代わる専門的知見や愛情を持つ人間が他にいるのか。重度障害者については親が「後見人になりたい」と家裁に登録すれば、後見人になれる登録制に移行すべきだ。欧米では、登録制を採用している国もある。政府は、本人と家族の気持ちを最優先に考え、制度を根本的に作り変える必要がある。

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