<時代を読む> 選挙の先に来るもの 

<時代を読む> 選挙の先に来るもの 
内田樹・神戸女学院大学名誉教授・凱風館館長
東京新聞 2026年2月1日


選挙が始まった。

大義のない解散だと多くが指摘している。

その通りだと思う。

高市首相が公約に掲げた政策の多くは、消費税減税をはじめ、もともと野党が求めてきたものである。

国会で審議すれば、すぐに多数の賛同を得て実現できる。

今実現できることを先送りして、選挙公約に掲げることは無意味である。

だとすれば、この解散総選挙には公約に掲げてある政策を実現すること以外の政治的意味があるということになる。
 
首相はもし選挙で信任を得たら、「国論を二分するような大胆な政策」に「批判を恐れることなく果敢に挑戦」すると述べた。

首相が「民意を得た」と判断した時、いかなる政策を提示するつもりかは予測がつく。

核武装である。
 
先日、安全保障担当の官邸筋が記者団にオフレコで「私は核を持つべきだと思う」と語った。

この人物がこの時用いたのが「国論を二分する課題」という表現である。

言葉づかいが同じことに気づいた人がどれほどいたか知らないが、選挙に勝てば首相はおそらく核武装に「挑戦」する気だと思う。
 
日本の政局だけ見ているといかにも唐突に思えるだろうが、米国の外交専門誌を読んでいると「日本核武装」は別に珍しい論件ではない。

Foreign Affairs Reportの1月号には「同盟国の核武装で戦後秩序の再建を」という論文が掲載されていた。

カナダ、ドイツ、日本に核武装させる「選択的核拡散」の有効性を論じていた。

「日本と韓国に核武装させる」プランを論じた論文も少し前に掲載されていた。
 
アイデアの枠組みはいずれも同じである。

米国は西半球に軍事力を集中させるために東アジアからは撤収したいと思っている。

在韓・在日米軍は縮減して、東アジアにおける偶発的な軍事衝突に米軍が巻き込まれるリスクを最小化する。

しかし、中国の西太平洋進出は何とかして抑止したい。

東アジアで米国が使える「駒」は日本、韓国、台湾、フィリピンである。

フィリピンは憲法を改定して外国軍の駐留を原則禁じたので今は米軍基地がない。

在韓米軍基地は縮小が検討されている。

戦時作戦統制権が韓国軍に返還されれば、それは「米軍は朝鮮半島有事にコミットする気がない」という意思表示である。

「日本核武装」はその文脈で出てきたプランである。

日本が核武装すれば、東アジアには核保有国がひしめくことになり、偶発的な核戦争リスクが一気に高まる。

中国は戦争を回避するために西太平洋進出について抑制的になるかもしれない。

また仮に核戦争が起きたとしても、戦場になるのは中国大陸と朝鮮半島と日本列島である。

太平洋の彼方(かなた)の米軍は無傷のまま残る。

焦土となり、国民の多くが死傷した中国はもう米国のライバルではない。

米国にとって悪い話ではない。

官邸が「核武装」を言い出したのは、米国のこの戦略的文脈の中の話である。

まず国内に「中国は敵だ」という感情を醸成する。

「一戦も辞さず」「戦うなら核が要る」という方向に世論を誘導する。

それによって中国の戦狼外交が抑制的になれば結構な話だし、仮に核戦争が起きて日本がこの世から消えても、中国と刺し違えてくれるならありがたい話である。

今度の選挙の隠された争点は「日本核武装」である。

でも、メディアはそれを報じない。

たぶん気づいていないのだろう。

タイトルとURLをコピーしました