コロナ「5類」へ 特養施設長「うれしいが、サポートなくなれば介護現場崩壊」…入居者は2か月で4人亡くなる(読売新聞(ヨミドクター)) – Yahoo!ニュース
ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、犬や猫と一緒に暮らすことができます。
今回は、新型コロナウイルスの感染症法の分類が「5類」に引き下げられることについて、施設長の若山三千彦さんが、思いを語ってくれます。
新型コロナウイルス感染予防のため、入居者を訪ねる家族向けに「窓越し面会」の案内が貼られた(2021年8月、「さくらの里山科」で)
政府は、新型コロナの感染症法上の分類について、5月8日に現在の「2類相当」から季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げる方針を決定しました。
特別養護老人ホームの施設長として、これはうれしいことです。
コロナ禍により、ホームの入居者の方々も不自由な生活を強いられてきました。
「さくらの里山科」は、入居者の旅行行事にも力を入れており、それまでは、ほぼ毎月、旅行をしていたのですが、コロナ禍が始まって以来3年間、1回も行っていません。
自分で外出することが難しい入居者の方々にとって、これは死活問題だと言えます。
この3年間、病院以外には一歩もホームの外に出たことがない方が多数です。
そのストレスは大変なものでしょう。
ご家族との面会も、月に1回の「窓越し面会」のみです。
この3年間でご家族と直接会えたケースは数回だけです。
家族との会話が大幅に減ってしまい、認知症が一気に進行してしまった入居者も少なくありません。
コロナが「5類」感染症に移行すれば、こんな不自由な状況が少しずつでも改善できると期待しています。
いきなり大勢の入居者を観光バスで遠方までお連れするようなことはできませんが、少人数で市内の観光名所を訪れることはできるでしょう。
直接対面式の面会も増やしていけるでしょう。
入居者と家族のために、一刻も早くコロナが「5類」になってほしいです。
コロナは季節性インフルエンザよりはるかに強い…介護現場の実感
しかし、「5類」に引き下げる“根拠”ともいえる、コロナが季節性インフルエンザと同等、ということについては、介護現場として疑問を感じます。
「さくらの里山科」は、昨年12月から1月にかけて、2回のクラスター感染と、1回の小規模感染(クラスター感染と認定されない規模)に見舞われました。
入居定員100人のホームで、計23人の入居者が感染してしまいました。
そして、残念なことに4人の入居者が逝去されました。
この状況は、季節性インフルエンザとは全く異なっています。
「さくらの里山科」では、開設以来の11年間で、インフルエンザに感染した入居者は10人に満たないのです。
インフルエンザのせいで逝去された方はいません。
クラスター感染も起きていません。
コロナ禍の以前は、クラスター感染という言葉は知りませんでしたが、ホーム内で5人以上の同時感染(クラスター感染の定義は、同一の場所で5人以上の感染者の接触歴等が明らかになっていることが目安)は起きていませんので。
これは、「さくらの里山科」という一つの特別養護老人ホームの経験に過ぎず、統計的に意味があるものではありませんが、季節性インフルエンザが11年間で入居者の感染10人未満、死亡者0人なのに対し、現在の新型コロナウイルスのオミクロン株は、2か月で入居者の感染23人、死亡者4人なのです。
これは、感染力の強さでも、致死率でも比較になりません。
現在のコロナは、高齢者については、感染力も、致死率も、重症化率も、季節性インフルエンザよりはるかに強いというのが、私たち介護現場の実感です。
だからといって「5類」に引き下げるのをやめるべきだとは全く思っていません。
最初に書いた通り、コロナ禍での閉鎖的な生活を続けるのは、入居者も、もう限界です。
一刻も早く「5類」に引き下げてほしいのです。
感染対策物資に100万円以上、人件費増額分200万円超え……
しかし、介護施設・在宅介護事業に対して、何のサポートもないままコロナを「5類」にしたら、全国すべての介護施設で感染が爆発的に増えてしまうリスクがあると思います。
そうなれば、コロナによる高齢者の死亡も飛躍的に増えるでしょう。
感染対応に追われる職員は疲弊し、次々と倒れ、ホームが崩壊してしまう恐れすらあります。
今は「2類相当」であるため、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が適用されていなくても、介護施設は通常時とは異なる特別な行動を取ることができます。
例えば、ユニット型特別養護老人ホームは完全個室制ですので、相部屋が禁止されています。
しかし、コロナ感染が発生した場合は許されます。
「さくらの里山科」でも、コロナ陽性者と陰性者を完全に隔離するために、入居者が暮らすエリアを限定する必要があり、一時的に相部屋を作りました。
そのような特別行動ができなくなったら、コロナ感染が発生した場合の対応力が大幅に低下してしまいます。
一方、コロナが「5類」に移った後、複数の入居者が一緒に食事をしていいのか、入居者の発熱時はどうするのかなど、日常業務で判断に迷うことも多数あります。
「2類相当」であるため、これまでは感染対策にかかる費用の一部を補助してもらえたのも非常に助かりました。
「さくらの里山科」では、この2か月の感染対策のために、感染防御服(すっぽりかぶるエプロンみたいな使い捨ての服です)を3000枚以上消費しました。
1枚およそ200円ですから(コロナ禍が始まった当初は品不足で、はるかに高い価格でした)、60万円以上の出費となりました。
ほかにも、医療用の高性能な「N95マスク」、頭に被る使い捨てキャップ、使い捨てのお弁当箱など、様々な物を大量に消費したため、感染対策物資にかけた費用は100万円を超えました。
これに人件費が加わります。
「さくらの里山科」では、コロナ陽性の入居者を直接介護する職員には、1日2万円の危険手当を支給しました。
自分自身が感染するリスク、そして自分が感染した場合は家族も感染させてしまうリスクがあるのを覚悟して、陽性者の介護に当たってくれる職員には、これでも少ないくらいだと申しわけなく思っています。
このような人件費の増額分は200万円を超えました。
感染発生時だけでなく、日常でも消毒用アルコール、使い捨てマスクなど様々な衛生用品の消費量は何倍にも増えました。
感染対策費用の一部補助がなければ、まともな感染対策はとれなかったと思います。
コロナが「5類」でも医療面のサポートは絶対に必要
コロナが「5類」になって、このようなサポートがなくなったら、十分な感染対策がとれず、前述の通り、介護施設での感染が爆発的に増え、壊滅してしまいます。
それを避けるためには、少なくとも医療面のサポートは絶対に必要です。
まずは、高齢者及び福祉施設・医療機関の職員のコロナワクチン接種無料の継続です。
無料でないと入居者にも職員にも推奨できませんから。
次に重要なのが、高齢者がコロナ感染した際の医療費の無料化です。
医療費がかかるからと診察や治療を控える高齢者がいたら命に関わります。
福祉施設で行う抗原検査へのサポートも大切です。
現在行われている、福祉施設への抗原検査キットの配布を継続してほしいのです。
入居者や職員の体調が悪い時、すぐに、何回でも検査できることが、感染防止には大いに役立ちました。
「さくらの里山科」でのクラスター感染でも、十分な数の抗原検査キットがなかったら、感染者は倍になっていたと思います。
高齢者の入院もサポートしてほしいです。
一般の病院でもコロナ患者の対応が可能になるのに合わせて、高齢者のコロナ患者の入院受け入れについて、行政が調整していただけけると助かります。
さらに、医療面以外のサポートもお願いしたいです。
介護施設で感染が発生した際にやってもいいこと、そしてやるべきことについて、一定の基準を示してほしいのです。
日常的な感染予防のための行動についても同様です。
どうやって面会をするかなどの基準が必要です。
そして、感染予防と感染発生時の対応にかかる費用の補助もお願いしたいです。
特別養護老人ホームは、そのような費用を入居者に転嫁することが難しいので、補助がないと潰れてしまいます。
ここに書いたことは私が勝手に考えたことですから、介護現場でも異なる意見はいろいろとあるかと思います。
しかし、介護現場で働く人の多くが、コロナが「5類」になり、何のサポートもなかったら、現場は崩壊するということには賛成してくれると思います。
既に厚生労働省は検討してくれているものと信じていますが。
若山 三千彦(わかやま・みちひこ)
社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。