トランプ米政権の迷走と混乱が止まらない。
就任3カ月でウクライナの戦争は敵味方がねじれ、同盟関係は揺らぎ、貿易は変調を来した。
フランスの歴史人口学者・家族人類学者エマニュエル・トッドさんが超大国の行く末について語った。
(聞き手・構成は共同通信編集委員 軍司泰史)
トランプ政権というのは、米国における真の革命であり、同時にその病理の表れだと考えている。
米国の内部崩壊の一つの段階だとも思う。
私たち欧州人や日本人が犯す誤りの一つは、米国における民主党と共和党の政権交代をあまりに重大にとらえることだ。
米国には政権党に関係なく継続する特徴がある。
(伝統的秩序や価値を否定・破壊する)ニヒリズムと退廃的な要素だ。
バイデン民主党政権は、礼儀正しい面こそあったが(ウクライナの戦争では)好戦的だった。
トランプ共和党政権は国外での戦争は嫌っているが、私は時に米国で内戦を望んでいるのかといぶかる。
連邦国家を破壊し全同盟国と敵対する衝動に駆られている点では極めて暴力的だ。
つまり問題は民主党か共和党かではない。
米国なのだ。
▽労働者がいない
私はトランプ主義の全てが誤りだとは思わない。
貿易の保護主義は悪くない考えだ。
一切の規制を廃した完全な自由経済は、制御不能の世界を生み出すからだ。
ただし保護主義を導入するなら、世界の各地域が経済をどう切り分けるかを熟考・理解した上で、協調的で巧みなものをつくらなければならない。
グローバルな視点を持たず、米国の国益だけで関税を発動するやり方は狂気の沙汰だ。
つまりトランプ氏は、ひらめきこそあるものの、本質を理解していないのだ。
今の米国で財を成したいと考える若者は、金融か法曹界に進む。エンジニアにはならない。
製造業が空洞化した米国における真の問題は、保護主義から利益を生み出すエンジニアや熟練労働者が国内にいないことだ。
19世紀のドイツの経済学者フリードリヒ・リストは保護主義を成功させる条件の一つとして、国内で代替財を製造する十分な労働人口を挙げた。
だが米国の社会構造を見ると、高学歴でない層の大半もモノを製造する労働者でなくなっている。
この階層ではアルコールや薬物への依存が問題となり、自殺率が上昇した。
彼らはプロレタリアですらなく、ローマ時代の下層民のような存在になっている。
小麦の配給を受けて食いつないだ人々だ。
トランプ氏にとっての問題は、モノを生産する労働者層復活の道筋が見えないことなのだ。
▽ナチズムと類似
この関連で、バンス副大統領は実に興味深い。
彼は自伝の「ヒルビリー・エレジー」で、生まれ育ったラストベルト(さびた工業地帯)の粗野で貧しい町への愛着を描いた。
米国大衆社会の原型のような町だ。
一方で読者は時折、町に対するバンス氏の軽侮の念も感じる。
自分はそこから出立し、名門エール大学に進んで成り上がった。
「町の人々も、困難に打ち勝つしかない」と突き放すのだ。
ここにはトランプ主義の本質的なものが表れている。
支持の多くを大衆層に頼りつつ、富裕層やシリコンバレーのエリートにも受け入れられる右派運動。
それは、1930年代のドイツのナチズムを想起させる
もちろんトランプ政権はナチスではない。
ただ類似点はある。
ナチズムは労働者というより、人種的優越の熱狂に駆られ、自分たちこそ支配者だと思い込んだ中間層主体の運動だった。
最終的にヒトラーを権力に押し上げたのは、共産主義を警戒する資本家たちだ。
では、ナチスの「突撃隊」に代表される大衆層の一翼はどうなったか。
「長いナイフの夜」と呼ばれる内部の権力闘争で指導者らが粛清され、力を失った。
こうして見ると、トランプ主義も最終的には、大衆層を裏切る方向へ行くだろう。
これは歴史家としての直感で、強固な根拠はない。
そこは断っておきたいが、信じ難いことが次々と起きそうな中、仮説を立てることにためらう必要はないと思う。
私が理解してほしいと思うのは、米国における新たなプロセスは始まったばかりであり、私たちはゆくゆく想像も及ばないことを目撃するだろうという点だ。
目の前に恐ろしいミステリーが広がっているという考えを受け入れなければならない。
それが激しい不安をかき立てる。(談)
▽E・トッドさんの略歴
EMMANUEL・TODD
1951年フランス生まれ。パリ政治学院卒、英ケンブリッジ大で博士号。人口動態や家族制度、識字率、死亡率などを分析することでソ連崩壊や2011年の「アラブの春」、トランプ米大統領の誕生などを事前予測した。著書に「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」「西洋の敗北」など。
