映画「不安の正体~精神障害者グループホームと地域~」

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精神障害者向けグループホームの日常と、それに反対する施設コンフリクトを記録したドキュメンタリー映画「不安の正体~精神障害者グループホームと地域~」を見ました。

とても良い映画でした!興味のある方は是非ご覧ください。

映画「不安の正体~精神障害者グループホームと地域~」の監督・飯田基晴さんインタビューは↓

映画「不安の正体」監督の飯田基晴さんに聞く~精神障害者のグループホーム運営への反対運動はなぜ起きるのか – 成年者向けコラム | 障害者ドットコム (shohgaisha.com)


問われる「民主主義」

いわゆる「施設コンフリクト問題」を扱った映画「不安の正体~精神障害者グループホームと地域~(飯田基晴監督作品・2021年)」を、筆者は横浜市都筑区の都築公会堂で見る機会を得た。

映画の中で、グループホーム建設予定地周辺に住む住民が「そんな施設が出来たら、この土地の地価が下がる」「精神障害者は何をするか分からない怖い人達だ。何故そんな施設を作るのか?」と大声で怒鳴り散らし、建設予定地周辺に「のぼり」を立て、集団で抗議する姿も見られた。

筆者は、地元住民の偏見と無知に驚くと共に、それが精神障害者に対する本音であろうとも感じた。

精神障害者を巡る歴史を見れば、「Y問題 kn01.pdf (r-gscefs.jp)」「宇都宮病院事件 宇都宮病院事件 – Wikipedia」を持ち出すまでもなく、差別や偏見のオンパレードであった。

そのような現状によって、精神障害者に対する「差別」や「社会的障壁」をなくす一環もあり、我が国は、障害者権利条約に批准している。しかし、条約に批准したことで、社会は変わったのだろうか?

いくら、国が新たな法律を作り、精神科病院の体質や制度を批判し(強制入院や身体拘束の問題)、改善に努めても、肝心の一般市民が「差別偏見」のオンパレードならば、現状はそう簡単には変わらないではないか・・・

その現実を直視させられる映画が、この映画「不安の正体~精神障害者~精神障害者グループホームと地域~」であった。

筆者は、映画を通じて、問われているのは、私たちひとりひとり市民側の「民主主義」であると感じた


そんな現状の中、(一応、福祉の国家資格を複数持つ専門家として)精神障害者が病院から地域に移行し、地域住民とも折り合いをつけ、その地域で安心して暮らしていけるようになるにはどうすればいいかと考えた。

その為には、筆者には二つのアプローチが必要ではないかと考えた。それは以下の通りである。

①地域の小・中・高・大学で精神障害に関する講習会を開催し、まずは若い世代に理解と関心を持ってもらうように働きかける

②べてるの家の実践に学びつつ「偏見差別大歓迎」を掲げ、あえて反対する地域住民と共に、仕事起こしを行い、利益を出す。

従来通り、精神障害者に対する偏見や差別を持つ地元住民の元へ粘り強く行脚を繰り返し、対話を続ける事は必要であろう。

しかしながら、一度根付いてしまった偏見や差別はそう簡単には変わらない。

ならばまず、比較的に頭の柔らかい子供たちに働きかける事も重要ではなかろうか?

そして、あえて地域住民が持つ「偏見や差別」を否定せず、反対の住民と共に新たに仕事を起こし、利益を出すことで、徐々にでも精神障害者に対する見方が変わってくるのではないかと筆者は考える。

もちろん、言うは易く、行うは難しであるが、とにかく一歩二歩でも、差別や偏見をなくす為に、行動する事が大事ではないかと筆者は感じている。


「人間は努力する限り、迷うものだ(ゲーテ)」という言葉がある。

(福祉の国家資格を持つ)専門職としての実践には、正解はない。

目の前にいるクライエントはもちろん、差別や偏見を持つ地域住民は、言うまでもなくひとりひとり異なり、かけがえのない人生を、その人なりに精一杯生きている。

だが、我々支援者は、臨床経験を重ねてくるにつけ、目の前にいる方を、この人は〇〇だから○○だろうと、固定観念に当てはめて考えようとしがちである。

安易に答えを出さず、その方を、あるがままを見て、その方にとって何がベストなのか?

真摯に向き合い、考え続けること。支援者は、常に最善の方法を模索し、悩み続ける事こそが重要であると感じている。

「迷うことから、逃げない」

そして、その覚悟を持ち続ける事が筆者には問われており、また今後の課題でもある。

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