「ケアの倫理」

「ケアの倫理」 [著]岡野八代

介護サービスを受けられない「介護難民」の増加が危惧されている。

一方で、働く母親たちは子育てがしにくいと嘆く。ケアをめぐる問題が関心を集めている。

そんな今、「ケアの倫理」をテーマとする新書が出版された。

ケアの倫理は人間社会の存続に不可欠なケアを中心とする判断の在り方である。

著者は日本でこの分野の研究をリードしてきた。

他書と比べた本書の特徴は、副題にあるようにケアの倫理がフェミニスト思想であることを明示し、その歴史に位置づけ、ケアに満ちた新しい政治や社会を展望する点にある。

本書は、その源流である米国第二波フェミニズム運動から始まる。

そして、「ケアの倫理」の議論の嚆矢(こうし)となる、米心理学者C・ギリガンの著書『もうひとつの声で』を中心に、女性たちの抵抗や実践、思想を検討していく。

男性研究者たちは普遍性や合理性を重視する「正義の倫理」を論じてきた。

しかしギリガンは男性中心の視座を批判し、女性たちの語りにそれとは異なる倫理観を見出(みいだ)す。

それが、個々の関係性に生じる責任から他者のニーズへ応答する「ケアの倫理」である。

著者は、ケアと正義の二項対立は虚構であり互いに結びつくものだという。

また著者は、政治がケアの報酬を決定する中でその社会的な価値を貶(おとし)めてきたと鋭く指摘する。

ケアをせずにすむ特権的地位にいる男性政治家たちが、女性にケアを押しつけてきたのだ。

経済力のある者が善い市民とされるような社会状況の中、ケアの偏った配分を不正義として捉え直すべきだと提言する。

本書は著者の視点から、女性たちが自らケアの倫理を見出し、批判し、鍛えあげた過程を複雑なまま丁寧に描き出し、その思想の意義をより明確にすることに成功している。

母親業(マザリング)の理論など日本語訳が出ていない重要文献の解説も。ケアが不足する日本で、一人でも多くの読者に手に取って欲しい。

「ケアの倫理」書評 歴史に位置づけ新しい社会展望|好書好日

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