もはや無知は罪。介護保険の危機を知ろう!「史上最悪の介護保険改定?!」上野千鶴子 樋口恵子 編

上野千鶴子   岩波ブックレット  

#1079「史上最悪の介護保険改定?!」  上野千鶴子 樋口恵子 編

もはや無知は罪。介護保険の危機を知ろう!

誰でもいつかは歳をとる。
あなたの親の老後のために、あなた自身の老後のために、そしてこの社会を介護不在(ケア・レス)にしないために、放っておけない現場の実態。
 


「史上最悪の介護保険改定」という表現を聞いて、びっくりした読者の方もいるかもしれない。

介護保険改悪は昨日今日、始まったことではない。

介護保険は今年二三歳、生まれてこのかた、ずっと被虐待児だったと言われている。

三年に一度の改定のたびに「虐待」を受けてきたからだ。

だが、二〇二四年度に向けた七回目の介護保険改定は、ガマンの限度を超えたというか、放っておけないレベルに達していた。

二〇二二年秋からの政府の社会保障審議会介護保険部会のテーブルには、すでにこんな改定案が出されていた。

・利用者自己負担率一割を標準二割に、さらに所得に応じて三割に

・要介護1・2の通所介護と訪問介護を介護保険からはずして総合事業に

・ケアプランの有料化

・福祉用具の一部をレンタルから買い取りに

そのうえ、政府の検討会では、利用者三人に対して常勤職員換算で一人という施設の職員配置を、ロボットの導入で四対一に「基準緩和」するという案の検討も始まっていた。

ありえない!
信じられない!!

これまでだって介護現場はぎりぎり絶壁だった。
コロナ禍の下で、さらに痛めつけられてきた。

「放っておいていいんですか?」という小島美里さん(第I部第8章参照)のネット上のひと言からすべては始まった。

隔週開催の審議会で二〇二二年一二月には答申が出る。そうなっては手遅れだ。

九月に言い出して、一〇月、一一月と二カ月のあいだに五回のオンライン、オフラインを含む抗議アクションを矢継ぎ早に開催した。

怒濤の進撃である。本書はその報告書である。

それ以前、コロナ禍が始まる直前の二〇二〇年一月にも、「介護保険の後退を絶対に許さない! 1・14院内集会」を、NPO法人高齢社会をよくする女性の会と認定NPO法人ウィメンズアクションネットワークが共催して実施した。

衆議院議員会館三〇〇人のホールを埋め尽くしたその集会の記録は、『介護保険が危ない!』(岩波ブックレット、二〇二〇年)に収録されている。

その集まりも、樋口恵子さんと私の立ち話、「放っておいていいんですか?」から始まった。

今度の「改悪」は介護保険が「危ない!」どころか、「使えなくなる!!」である。

政府の改悪案は小出しにするので全貌が見えにくい。

が、だんだん見えてきたシナリオがある。

それは以下のようなものである。

介護保険の対象者を要介護3以上の重度者に限定し、身体介護に限定して生活援助をはずし、ケアプランを有料化して、利用者負担を二割、三割に上げ、施設でも室料や食費を徴収する、、、

つまり「給付と負担のバランス」の名において、給付の抑制と負担の増加をはかる、というもの。

もっとはっきり言おう、制度があっても使えなくしていく制度の空洞化、というものだ。

これが得意技なのが、政治家と官僚である。

その効果は利用の抑制とケアの質の劣化であることは目に見えている。

介護保険は「介護の社会化」の第一歩だった。

第一歩であってすべてを社会化したわけではない。

家族の責任だった介護の一部を社会の責任にアウトソーシングしたのだから、「脱家族化」ともいう。

それが「改悪」で押し戻されたら、その帰結は次のふたつ。

ひとつは「再家族化」、もうひとつは「市場化」である。

家族に押し戻そうにも、この数十年のあいだに家族はすっかり変貌した。

家族のいない「おひとりさま」が増えているだけではない。

介護離職や虐待が起きるだろう。

もうひとつは介護保険で足りない分は自費サービスを使いなさいという「混合利用」のススメである。

小金をためこんだ年寄りにカネを放出して、内需拡大に貢献しなさい、というもの。

そうなれば老後の沙汰もカネ次第、となるだろう。

家族もカネもない高齢者はどうしたらいいのか?

「在宅」という名の「放置」が待っている。

私たちはコロナ禍で「在宅療養」という名の「放置」の現実を、まざまざと見せつけられたばかりだ。

その背後に財務省の意向がある。

政府はカネがない、という。

だがカネがないとは言わせない。

介護保険財政はスタート以来一貫して黒字である。

その上「異次元の軍拡」で、二〇二三年度から二七年度の五年間で四三兆円の防衛予算をひきだそうというのだ。

私たちの抗議アクションは効果をもたらした。

上記の「改悪」案のほとんどすべてが「先送り」になったからだ。

だが油断はできない。

「先送り」ということは、そのうちまた出てくるということだ。

これからの三年間は、国政選挙のない政権与党にとっては「黄金の三年間」、私たち市民にとっては「暗黒の三年間」。

政府はやりたい放題をするだろう。放っておいてはいけない、、、

本書を読んで、え、そんなことが起きていたの とびっくりしたあなた。

無知は罪です。

でも、この本を手にとったことで、あなたは私たちの仲間になる。

いつも言うことだが、権利と制度は黙って向こうから歩いてこない。

要求しないと得られない。

介護保険だってがんばって手に入れたものだ。

しかも往々にして要求したのとはちがうものが差し出される。

手に入れたと思ったものさえ、知らないうちに足元から掘り崩されていく。

監視し、参加し、闘い続けなければ、今あるものを守ることすらできない。

政府はシルバー民主主義を唱えて、世代間対立を煽ろうとしている。

だが、今若いあなたもいずれ歳をとる。

介護保険があるおかげで、あなたは安心して親をひとりで置いておけるのだし、あなた自身も親から離れていられるのだ。

そして将来あなたが歳をとったときに安心して暮らせるのは介護保険のおかげなのだ。

最後に証言しておきたいことがある。

介護保険二三年の歴史は一四兆円規模の準市場を生み出し、人材と事業を育てた。

その過程で現場は確実に進化した。

介護保険のない時代には可能でなかった「在宅ひとり死」も可能になった。

日本の高齢者介護のケアの質は、世界に誇るレベルに達している。

現場を担うひとたちが、誇りを持って働きつづけることができるように、そして高齢者が安心して老後を過ごせるように、この宝を守ってほしい。

上野千鶴子   岩波ブックレット  2023年6月6日

#1079「史上最悪の介護保険改定?!」  上野千鶴子 樋口恵子 編

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