反対に、金融危機は大金持ちにとっては、まったく問題とならない。
政府が「大きすぎて破たんさせられない」という政策をとっているからだ。
この政府による保証は大事だ。
銀行は納税者から集めたお金を低金利で借りられるから、感謝すべきだろう。
ブルームバーグ・ニュースは、IMFの内部計算に基づき「納税者は年間830億ドルを大銀行に与えている」と報告している。
これは大銀行の全利益と同額だ。
これで「なぜ大銀行が世界経済の脅威になっているかが理解できる」(ブルームバーグ・ニュース)。
さらに、大銀行と投資銀行は危険な取引をして豊かな報酬を得ることができるが、当然、失敗もする。
でも心配はいらない。
そんなときは、F・A・ハイエクやミルトン・フリードマンの著作をしっかり抱きしめて、過保護国家に駆け込んで納税者に救済を求めればよいのだ。
これがレーガン時代からの通常のやり方だ。
一般大衆から見たら、金融危機はどんどん大規模になっている。
多くの人々にとって実質的失業率は大不況のときとほぼ同じだ。
一方、金融危機を引き起こした企業の一つ、ゴールドマン・サックスはこれまで以上に大金持ちになった。
2010年に175億円の報償金をこっそり発表したが、社長のロイド・ブランクファインには125億円のボーナスが与えられた。
彼の基本給も3倍以上に跳ね上がっている。
このような事実に目を向けて貰っては困るとゴールドマン・サックスや政府は思っている。
それでプロパガンダを駆使して、ほかの人々に責任を負わせようとする。
たとえば一般の労働者だ。
彼らの賃金が高く、年金が多すぎると騒ぐ。
すべて幻想だ。
レーガン政権の時代には黒人の母親が高級車に乗って生活保護金を受け取りに行くという幻想が宣伝された。
似たような例はたくさんあるが指摘するまでもないだろう。
私たちは「節約に励め」といわれるだけだ。
また、教師は政府の格好の標的となっている。
政権側は公共教育を崩壊させようと躍起になっており、国の支配者たちは幼稚園から大学まで私学にしようと企んでいる。
これも大富豪たちには好都合な政策だが、大衆にとっては災難だ。
また、長い目でみると経済の健全さを保つのにも悪影響があるが、経済原則が優先される中で、そのような事情は無視される。
さらに、格好の標的となるのは常に移民たちだ。
これは米国の歴史を通して変わっていない。
それがひどくなるのは経済危機が訪れたときだ。
現在は、国を移民に乗っ取られている意識が出ており、状態は悪化している。
白人種はもうすぐ少数派となる。
個人的に権利を侵害されたと怒る人々のことは理解できる。
だが、残酷な国家政策には衝撃を感じる。
標的となっている移民たちは誰か?、、、
メキシコの農業は、補助金を貰っている米国の農業に太刀打ちできず、メキシコの一般企業も米国の多国籍企業と競争しても生き残れない。
「自由貿易」という名称だが、「内国民待遇」をするという協定であり、誤解を招く名称だ。
この特別待遇は企業に与えられるもので、生身の人間には与えられない。
驚くことでもないが、この政策(NAFTA)は絶望した難民の洪水を引き起こした。
米国内では反移民感情が狂乱したが、米国の労働者も同じように国家と企業が提携した政策の犠牲者だ。
ほぼ同じことがヨーロッパでも起こっている、、、
ヨーロッパ全域でネオ・ファシズムの政党が躍進しているのも恐ろしい現象だ、、、
ポリオ根絶のほうが、人種差別という恐ろしい伝染病を根絶するよりはるかに簡単だ。
そして、この疫病は経済が低迷すると伝染力がより強まる。
この章を終る前にもう一つの外部要因について述べておきたい。
市場システムでは取り上げられない話題、、、それは人類の運命についてだ。
金融システムの制度的リスクは、納税者の犠牲で修復できるかもしれない。
だが、環境が破壊されても誰も助けには来てくれない。
環境が破壊されるのはほぼ間違いない。
宣伝キャンペーンを行なっているビジネスリーダーたちは、温暖化などリベラル派によるウソだと大衆に信じ込ませようとしている。
だが実際は、脅威が深刻であることを彼らは理解している。
ただ、彼らは最短で最高の利益をあげ、市場占有率も高めなくてはならない。
彼らがやらなければ、ほかの誰かがやるというわけだ。
この危機がいかに深刻なのかは、米国の議会を見ればわかる。
議員たちは経済界からの資金とプロパガンダで権力を得ており、共和党議員のほとんどは気候変動を否定し、環境破壊を緩和させるかもしれない政策への資金をすでに削減している。
困ったことに、その中には本当に温暖化などないと信じている者もいる。
彼らは世界の温暖化などは心配するなという。
なぜなら神はノアに、もう洪水は起こさないと約束しているからだという。
これが遠くの小さな国で起こったならば、笑い飛ばせる。
だが、これは世界でもっとも豊かでパワフルな国で起こっているのだ。
笑う前にもう一つ考えるべきことがある。
現在の経済危機は狂信的な信仰に基づいていることだ。
それは効率的市場仮説で、ノーベル賞を受けたジョセフ・スティグリッツが15年前に述べたように、
市場がなんでも知っているという「信仰」だ。
そこで中央銀行も経済専門家も、8兆ドルの住宅バブルに気づかなかった。
バブルに気がついていた人はわずかだった。
この住宅バブルは経済原則とは無関係に起き、バブルが崩壊した後の経済は圧倒的な後輩に陥った。
このようなことは、ムアシェーの原則が優勢な限り、さらに起きるだろう。
多くの国民が受け身で、無感動で、消費文化を楽しみ、弱者を憎むなら、権力者たちは好きなことができる。
この世界で生き残った人々は、この結果について、熟考することになるだろう。
「ムアシェーの原則」:ヨルダン政府の役人で、のちにカーネギー国際平和基金の中東研究担当理事
となったマーワン・ムアシェー Marwan Muasher が「アラブ世界の伝統的立場は、問題は何もなくすべては順調というものだ。
この考え方から、既得権者は、外国や国内の反対勢力から改革が必要だといわれると、現状からみて大げさだと主張する」と説明している。
この原則に従うと、独裁者たちが米国を支持しているなら、何も問題はないわけだ。
第4章 権力の見えざる手 Nチョムスキー「誰が世界を支配しているのか?」