プチキューは ちいさな ちいさな 貝の子どもでした
いつも ひとりぼっち
さみしくなると エンエンエンと 泣きます
くだのような かわいい 口を パカッと あけると
ミジンコや ちいさな さかなや もずくや すなまで はいってきます
おなかが いっぱいになると キリキリ 貝ばしらを 閉めて パチン
あとは うつら うつら ねむります
プチキューが うつら うつら ねむっていると
波の うたが きこえてきます いつもより はっきりと
つまらないなあ
つまらないぜ
つまらないってばァ
プチキューは こわごわ ききました
「なにが つまらないの?」
どこへも ゆけないからさ
うごけないからさ
いったり きたり ダボデン ダボデン
おんなじことの くりかえし
つまらないさあ
つまらないよう
そうか! ぼくは あるけるんだ
波よりは いいんだな
つまらなくは ないんだな!
よし! あるいてみよう うごいてみよう
いちども いったことのないところへ
プチキューは したべろみたいな あしを だして 一歩 ふみだしました
ねむいのなんか どっかへ いっちゃった
みずも あたたかくて いいきもち
「おい そんなに いそいで どこへ ゆくんだい?」
はまぐりの おじさんが こえを かけました
「うン ちょっとね」
プチキューは どんどん あるきました
海は すこしずつ ふかくなってゆき
みずの いろは インクを ながしたように
あおく あおく なってゆきます
でも すきとおっているので
とおくを およいでいる おおきな さかなも
しっぽを ちりちりさせて およいでいる ちいさな さかなも
はっきり みえます
ひとでも いそぎんちゃくも くらげも
いっぱい いっぱい
こんぶや あおさが ゆらめいている はやしを
とおりかかると
「やい ちっちゃいの」と よびかけられました
なんだか おっかないような やさしいような なつかしいような
へんな かおしたのが ウィンクしています
「あ きみは タッチャンてんだろ?」
「タッチャンじゃないやい! たつのおとしごさまだ!」
「あ ごめん たつのおとしごさま ようじは なあに?」
たつのおとしごは しっぽを えだに まきつけて
ぶるんぶるん きかいたいそうのように まわってから
「どこへ ゆくんだい?」と また かためを つぶって ききました
「みたことのないもの みようと おもって
ぼく いろんなもの みたいんだ
いいもの みつけようと おもって」
「いいものって なんだい?」
「いいものって きれいなものが いいよ」
「きれいなものなら この海には いっぱい あるよ
いちばん きれいなものを おしえてやろうか
ここを まっすぐ どこまでも あるいていくとね
おおきな ほらあなが ある
そこへ いってごらん」
「なにが あるの?」
「宝石だよ」
「どんなの?」
「海の うえから ときどきな ヒラヒラッと ガラスの かけらが おちてくるんだ
はじめは トキトキの とがった やつが 波に あらわれて
あっちに いったり こっちに きたりしているうちに だんだん まあるくなって すきとおってくる
そいつを みつけたものは みんな ほらあなに もってくんだ」
「ためておいて どうするの?」
「ときどき みにゆくんだよ あたまが すっとするよ ひすいも しんじゅも あるぞ」
「ふーン たつのおとしごちゃんは おとな? こども? どっち?」
「おとなだよ」
「ふーン じゃ さいなら」
「おい ちっちゃいの そこは ここより ずっと つめたいからな
さむかったら もどったほうが いいぜ」
「うン ありがと」
そういえば みずが とっても つめたくなってきました
うえを むいても てんじょうが どこだか わかりません
プチキューは すっかり こころぼそくなって 泣きそうになりました
すると どこからか はなやかな たのしい マーチが
きこえてくるではありませんか
「なんだろ? なんだろ? なんだろ?」
プチキューは おおごえで ひとりごと
「こんやはね いかの けっこんしきなんだ」
ちいさな えびが おしえてくれました
あっと いうまに えび たい ふぐなんか いっぱいの さかなが 海のそこに いちれつに ならびまし
た
プチキューも あわてて そのれつの はしっぽに ならびました
だんだん マーチが ちかづいてきて いかの はなよめと はなむこが およいでくるのが みえました
はなよめの いかは あたまに 海くさを かざりつけ
はなむこの いかは きどって 十本の あしを おもうぞんぶん のばして
すーい すーいと ならんで やってきました
プチキューの まうえに きたとき いかの およめさんを よく みることが できました
すきとおって 目が きらきら
「やァ なんて きれい! なんて すてき!」
「ああ おもしろかった また あるこうや」
ところが あしが いたくて ひりひりして
すこしも あるけなくなったのです
「へんだなァ さっき よろこんで とびあがりすぎたのかな?」
いたいのと さびしいのとで
プチキューは エンエンエンと 泣きました
なみだが ぶくぶく 泡になって
うえのほうに のぼってゆきます
かちん! いやというほど かたいものに あたまを ぶつけ
「いた!」 びっくりしてみると それは おおきな 岩でした
「ああ これが たつのおとしごの おしえてくれた ほらあなだな でも どこに あるんだろう?」
プチキューは いたいあしを がまんして 岩を よじのぼってゆきました
「もう やンなっちゃった!」
そのときです うえのほうに きらきら ひかるものが
「おや?」
プチキューは さいごの ちからを ふりしぼって よじのぼりました
かいがらの あたまが ぽっかり みずのうえに でました
おおぞらは もう ふるような 星月夜でした
「あー これが たつのおとしごの いってた 宝石なんだナ
ほんと たくさん ためてあるんだナ あるいてきて よかった
くたびれちゃったけど」
プチキューは しみじみ しあわせでした
だって こんなに きれいなものを みたのは はじめて
いわのうえには くぼみが あって みずが たまっておりました
あおむけになって きらめく 満天の星を ながめていると
どこからか ちいさな かにの子が かさかさ はってきました
「おや きみは 貝の子だね どうして こんなところに いるんだ」
「あるいてきたんだよ」
「きみは 浜べの子じゃないか!
すなに もぐってりゃ いいんだよ ばかな やつ!」
「ぼくは 浜べの子じゃないよ 海の子だ」
「おまえは 浜べの子だよ」
「うそだよ おまえこそ 浜べの子だよ
ぼく みたこと あるんだ かにの ヤツ よこばいになって
丘へ のぼっていったよ
くいもの あさりに いったよ!」
「なんだと! ぼくだって みたぞ
貝の ヤツ すなはまで アホみたいに ひるねしてたぞ
みいちゃった みいちゃった」
「おい おまえは こうやって あぶくが だせるか?」
かにの子は おこって モカモカ つぎから つぎへ
まっしろな 泡を ふきはじめました
「だせるさ さっき 海のなかで でたもの」
りきんで しゃっくりあげてみましたが ちっとも 泡は でてこない
「ハハハハハ バカヤロ」
かにの子は ビーズのような 目玉を つきだして
おもしろそうに わらいます
プチキューは がんばっても がんばっても だめ
そのうち さっきからの つかれが でて
いっぺんに 気が とおくなってゆきました
そばで かにの子が やいのやいの いってるのも きこえなくなりました
プチキューは もいちど それを みあげました
すると こんどは そらいちめんに かがやいていた お星さまが
夜光虫に みえてきました
うまれたばかりのころ いちどだけ みた あの夜光虫に
じぶんは 海のそこに いて 海のうえで ひかっている 夜光虫を みているのだ
「だれが なんて いったって ぼくは 海で うまれた 海の子だ」
そう つぶやきながら だんだん 気を うしなってゆき
かいがらが すこしずつ ひらいてゆきました
けんかの さいちゅうに しんでしまった プチキューを
かにの子は だまって みていましたが
はさみで ひょいと 中身を つまむと
むしゃむしゃ たべてしまいました
プチキューは しょっぱい 味でした おいしかった
そこで やっと プチキューも 海の子だったと わかりました
すると しんでしまって じぶんが むしゃむしゃ たべてしまった
プチキューのことが かわいそうで たまらなくなりました
かにの子は じぶんの あなへ もどって さめざめと 泣きました
プチキューの かいがらだけが 波に あらわれて ぽっかり 口を あけていました
プチキューが しんだのを しっているものは だれも いません
そのつぎの 晩も まばゆいばかりの 星月夜
そのつぎの 晩も・・・・・・
そのつぎの 晩も・・・・・・
茨木のり子 山内ふじ江 福音館書店