電話が鳴った。
「ひとり暮らしの母親が、部屋で誰にも看取られず亡くなりました。今、警察が来ています。もう、どうしていいか分かりません。助けてください」
電話をかけてきたのは40代の女性Aさん。
数年前、旦那のDV(ドメスティック・バイオレンス)により、子どもと共に私に助けを求めてきた方。
今は生活保護を受給しながら、子どもと共に暮らしているはず・・・
向かった先は、東京の下町にある古いアパート。
木造2階建ての1階の奥の部屋が、指定された部屋だった。
部屋の正面に近づくと、何とも言えない「異臭」が漂ってくる。
母親の死を警察から突然知らされ、しかも近所の方々から罵声を浴びたであろう、Aさんの目の下には深いクマが出来ており、顔はげっそりとやつれ、頬がこけていた。
Aさんは私が到着するなり、大声でその場に泣き崩れた。
「中を見て下さい、大変なことになっています」
一歩中に入ると、強烈な死臭が漂ってきた。
足元を懐中電灯で照らすと、床一面にいるウジ虫たちが光を嫌ったのだろうか、一斉に壁を伝って逃げ始めた。
ウジ虫が蠢く姿を横目で見ながら、腐乱した遺体から出た腐敗液によってどす黒く変色した床を、注意深く奥へと進む。
故人が亡くなった場所はトイレの中。
和式のトイレに屈んだ際、脳溢血でそのまま亡くなったらしい。
死後数週間経っていて、近所からの「変な臭いがする」という通報によって故人は発見されたというわけだ。
遺体が発見された時期は冬。寒いと、暖房やストーブを付ける。
だから、部屋は暖かい。
故に遺体はすぐに腐敗し、ウジがわき、遺体の損傷はかなり激しかったという。
警察が調べた結果、事件性はないと判断され、既に警察は引きあげていた。
私は迫りくる大量の銀バエを手で払いながら、Aさんの母親が亡くなった死の現場で合掌し、祈るような気持ちで頭を下げた。
お経を唱えながら私は言葉では言い表せない、何とも言えない感情がこみあげて来て、やるせない気持ちになる。
Aさんの母親は、「人間が信じられない」が口癖で、対人恐怖症もあったという。
一体、この方は、どんな人生を送ってこられたのだろうか・・・。
ゴミの山を乗り越えながら・・・
Aさんの母親は、私が火葬の前に読経し、Aさんと2人の娘さんと共に見送った。
Aさんは火葬中も終始「母親に申し訳ない」と泣き叫んでいた。
しかし、16歳と15歳の姉妹は、不思議なくらい顔に表情がなかった。
その時は、あまりのショックで感情を失ってしまったのではないかと私は思っていた。
火葬が終わり拾骨を済ませ、遺骨を持ってAさんの住むアパートに向かった。
Aさんがアパートの玄関の扉を開けようとしたまさにその時、事件は起こった。
ドアの隙間から、数匹のゴキブリとコンビニの袋に詰められたゴミ袋が飛び出してきたのだ。
「うわっ」
筆者は、とっさのことに動揺してしまい、両手で持っていた遺骨を落としそうになった。
しかし姉妹は全く表情すら変えていない。
「汚い部屋で悪いんですが・・・」
Aさんはそう言うと、玄関のドアを少し開けて、部屋の中に入った。
靴を脱ぐスペースはかろうじて確保されているものの、台所はゴミの山。
歩くスペースがまるで見当たらない。
まるで雪山を登る登山家のような気持ちになり、覚悟を決めてゴミの山を乗り越えながら部屋の奥へ進む。
歩くたびにガサガサというビニールの音が響き渡り、時折、足の裏に生あたたかい感触が走る。
2LDKの部屋の右側には、大量のマンガ本や下着類が剥き出しになっており、その上を覆いかぶせるような形で万年床の布団が2つ敷かれてあった。
直観的に姉妹の布団だと感じた。
本来ならば高校生であるはずの姉妹が、昼間からカーテンを締め切り、まるで社会との積極を絶つようにこんな部屋で暮らしているのか・・・・
同時にその部屋からは強烈なアンモニアの臭いが漂っていた。
気になったのは、カップラーメンの汁が残ったまま、たくさん放置されてあったこと。
良く見ると、大きなペットボトルの中にもひどく変色した液体が部屋の隅っこに積まれている。
明らかに不自然だ。
カップラーメンの中の汁は真っ黒に変色してしまっており、衛生的にもかなり悪そうに見えた。
愕然として言葉が出なかった。
左側のAさんの部屋に行く。
何とか母親の遺骨を降ろすスペースを作り、さりげなくアンモニア臭のことを聞いてみた。
するとAさんは衝撃的な話を始めた。
「子どもたちは中学から不登校になり、外出することもなく、トイレすらも布団の上でカップラーメンの容器の中やペットボトルの中にしているような状態なんです。全てに無気力で、一日中テレビを見ながら食っては寝るの繰り返しなんです。こんなになってしまったのは、全て私の責任なんです」
姉妹は、私の顔を見ても笑うことも怒ることもなく、人間としての感情を既になくしてしまっているかのようだった。
生活に疲れたAさん自身もうつ病を患っており、身の回りのことは全く出来ず、一日中寝ているだけと聞かされた。
あまりの衝撃に私は言葉を失い、ただただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
現在も法要を兼ねて定期的に訪問し、話を聞く機会を設けているものの、状況は特に変わっていない。
社会福祉士として、支援をさせてくれと申し込んでいるが、この姉妹も一切の支援を拒否続けている。