内科医 占部うらべまりさん 「山ろく清談」 信濃毎日新聞 2024年8月20日
シカゴ生まれ。父は理論経済学の第一人者で、県総合計画審議会委員も務めた宇沢弘文氏(1928年から2014年)。東京慈恵医大卒。
地域医療に従事する傍ら宇沢氏の「社会的共通資本」を多くの人に伝えている。宇沢国際学館代表取締役、日本メメント・モリ協会代表理事。58歳。佐久市の県厚生連佐久総合病院で。
「そのままでいい」が豊かさ
豊かさとは何でしょうか。
「余剰」という言葉を、京都のお坊さんの松波龍源さんは使います。
資本主義だとお金の関係性しか注目されないけれど、実は豊かさは見返りを求めない、その先にあるものではないでしょうか。
タイムパフォーマンス(費やした時間に対する満足度)で計れないもの。
「まあ、こんなに佐久平駅で待つのか」と思いながらも、ゆったりした気分で小海線の列車を待つ。
そうした時間を楽しめる余裕が大事だと思います。
長野県が有利なのは、日々追われていても、ふっと見上げたら、いろんな雲が流れていて、山並みがあって空も違う。
さまざまな変化が感じ取れて、もちろん四季もあって、、、。
そうした自然環境は強みです。
長男はは小学5年まで2年間、下伊那郡売木村に山村留学しました。
たくましくなりました。
都会だと塾に通ったりして、勉強が好きな子は伸びるところがある。
では大多数の子どもたちはどうか。
もちろん、自然だけではなく、普通の子どもたちが普通に成長していくのは、周りの大人たちが丁寧に子どもたちの成長を考えているからこそ、だと思います。
豊かな社会に欠かせないものを、経済学者の父、宇沢弘文は「社会的共通資本」と呼びました。
自然環境や電気、水道といった社会インフラ、さらに教育や医療といった制度資本のことです。
私は横浜市内の病院で地域包括ケア病棟に勤務していますが、医療もただ病気を治せばよいというわけではありません。
人口減少時代、地域に責任を持つ医師がいて、人々が健康でハッピーに暮らしているようなところへ費用を渡す、そうしたモデルチェンジが必要だと思います。
県厚生連佐久総合病院(佐久市)には、志を持った保健師さん、医療従事者が集まり、地域に出向き、地域を守ろうとしている。先進地だと思います。
認知症になっても尊厳を持って暮らせるまちづくりが大事です。
「あなた、早期の認知症ですよ」と言われ、「いつひどくなるのか、いつ周りのことが分からなくなるのか」とびくびくして暮らすのと、「大丈夫ですよ、多少ぼけたってなんとかするから」と言われる社会と、どっちに暮らしたいでしょうか。
私は後者です。
いくら認知症が進んでも、身体的な記憶は残っていて、畑仕事ができたり、日常の作業はできたりする。そういうことができれば、いいじゃないですか。
「よく生きる」とは相手を尊重しつつ、自分自身も大事にすること、お互いに助け合うことです。
必ずしも「ウェルビーイング」(心身共に良い状態)というのではなく、「ビーイング」(そのままの状態)でいいのではないでしょうか。
その人がその人のままでいていい場所、というのが豊かさになるのかな。