「緊縮という問題を論ずるに当っては、先ず国の経済と個人経済との区別を明かにせねばならぬ、、、更に一層砕けて言うならば、仮にある人が待合へ行って、芸者を招(よ)んだり、贅沢な料理を食べたりして二千円を費消したとする、、、すなわち今この人が待合へ行くことを止めて、二千円を節約したとすれば、この人個人にとりては二千円の貯蓄が出来、銀行の預金が増えるであらうが、その金の効果は二千円を出ない。
しかるに、この人が待合で使ったとすれば、その金は転々して、農、工、商、漁業者等の手に移り、それがまた諸般産業の上に、二十倍にも、三十倍にもなって働く。ゆえに、個人経済から云えば、二千円の節約をする事は、その人にとって、誠に結構であるが、国の経済から云えば、同一の金が二十倍にも三十倍にもなって働くのであるから、むしろその方が望ましいわけである。
ここが個人経済と、国の経済との異っておるところである」
「随想録」高橋是清