死を思うことは誕生を考えることである死は、哲学や宗教、思想の対象になりやすい。
それが何かわからない、という根本的な疑問があるからだろう。
ところが、詩人でノンフィクション作家の森崎和江は『インドの風の中で』という著書で、こう述べている。
〈人間観の発達過程でもっとも認識が困難なのは、人間の誕生と死である。そして、女はその肉体の内側に、誕生する人間をはらむのだ。つまり、あの世の霊を宿す。(略) はらみ女は、あの世の霊を胎に宿し、そして出産によってこの世の肉体に変化させる〉
世間は出産を女の生理ととらえ、思索の対象にしてこなかったと森崎は批判している。
男社会の盲点をつく指摘だろう。
死を思うことは誕生を考えることでもある。
30年以上前の話になるが、私の職場がある佐久とJR小海線でつながっている小諸には「ジャパゆきさん」と呼ばれる東南アジアからの出稼ぎ女性が大勢いた。
多くが飲食業界で働いており、父親が日本人の赤ん坊が生まれていた。
しかし、なかなか認知されず、女性たちは子どもの国籍が取れなくて困っていた。
仲間と「佐久地域国際連帯市民の会(ISSAC)」を立ち上げ、医療をはじめ生活全般の相談を受けると、彼女たちの過酷な生活実態が浮かび上がってきた。
とくに深刻だったのは、HIVに感染しているタイ人女性たちだった。
当時は、社会全般のHIVへの認識が乏しく、彼女たちは「存在しない者」とみなされていた。
国民皆保険制度で守られている日本人と違い、医療費は全額自己負担。
正規の診療を受ければ、半年分の賃金を失う。
助けを求めたくても頼る先がなかったのだ。
切迫流産や交通事故、風俗営業の現場での死亡、家庭内でのトラブルなど、その苦労は医療にとどまらなかった。
そうしたなか、私は、エイズによる肺結核を発症したタイ人女性の診療を受けもった。
もはや手の施しようのない状態で、「何か、私にできることはありませんか」と尋ねると、彼女は「タイのお坊さんに会えなかったことが残念です」と言って息をひき取った。
セックス産業に従事して、絶えず妊娠のリスクに心身を消耗させてきた彼女が、最期に口にしたのが仏への帰依であった。
「心のケアの大切さ」を思い知らされた。
その後、小諸市民会館にタイの劇団を呼んで公演を開いた。
日本で暮らすタイ人に母国語の娯楽を楽しんでほしかったのと、地元の日本人にもタイ文化を伝えたかったからだ。
1996年初夏、多くの方々の協力を得て、タイの黄衣の僧侶たちを日本に迎えることができた。
お坊さん方にはタイ人が集まって暮らす地域を巡りながら、長野の善光寺まで歩いて旅をする「頭陀修行」に取り組んでいただいた。
道々、祖国の僧侶と対面したタイ人たちは心の底から安堵したような表情を浮かべていた。
その姿がとても印象的だった。
あの世の霊とこの世の肉体、信仰のうすい私たち日本人に帰依する先はあるのだろうか。
色平 哲郎
大阪保険医雑誌2024年3月号掲載