「このままでは手遅れになる」過疎地の限界は人口4千人、高齢化率45% 分析した官僚が故郷の町長になって7年ぶり人口増、何をした? 

「このままでは手遅れになる」過疎地の限界は人口4千人、高齢化率45% 分析した官僚が故郷の町長になって7年ぶり人口増、何をした? (47NEWS) – Yahoo!ニュース

2021年12月、東京・霞が関にある内閣官房。ノンキャリアの公務員として勤務していた菅野大志さん(45)は、自分たちが担当したある調査の結果に衝撃を受けた。  調査の目的は、地方創生の限界を探ること。明確な答えが出た。  

「人口4千人以下で、65歳以上が45%を超える自治体は、将来的な再生がきわめて困難になる」  菅野さんが驚いたのは、自分の出身地・山形県西川町が、まさにこの「限界」に限りなく近づいていたからだ。2020年時点で人口は5千人を切り、年間100人以上のペースで減少。高齢化率は既に45%に達していた。  

「このままでは故郷は手遅れになる。何とかできないか」。悩んだ末、「自分が町長になる」と決断した。  選挙戦を制して2022年、町長に就任すると、長年温めていた施策を次々に繰り出す。この年は転出が転入を上回る「転出超過」を、比較可能な1960年以降で最少となる24人に縮小させた。総人口も今年5月に1人、9月に3人と、わずかながら前月比でプラスに転じた。2016年以来、7年ぶりの「人口増」だ。菅野さんは「まだまだ始まったばかり」。誰もが諦めかけていた過疎地に、一体何が起きているのか。

(写真:47NEWS)

▽きっかけは東日本大震災

地元の過疎化が気がかりに  西川町で育った菅野さんは、大学進学に伴い上京。2001年に財務省東北財務局に入局した。「お金の流れを通じて社会の構造を知りたい」と考えたからだ。

 10年後に起きた2011年の東日本大震災を機に、地方創生を意識するようになった。東北財務局の職員として被災者の住宅ローン問題に対応し、地域を再生するには役所の「タテ割り」をなくすことと、地元との対話が重要と感じた。

 その後は地方創生がライフワークに。さまざまな職種の人が肩書に関係なく交流する一般社団法人を設立。休日にはボランティアで「ローカル線再生プロジェクト」に参加するなど、公務員という立場を超えて活動するようになった。

 それだけに、地元の過疎化は気がかりだった。人口減少や高齢化に歯止めがかからず、子どもの頃からあった町内の商店には次々とシャッターが降りた。「帰郷する度に、地元の将来に不安を感じていた」

▽「あと10年が正念場」

 2021年から内閣官房に入り、「まち・ひと・しごと創生本部」や、岸田文雄首相肝いりの「デジタル田園都市国家構想」の事務局に所属。政府交付金を受ける自治体の審査などを担当し、地方創生の成功例も失敗例も見てきた。そんな時、「地方創生の限界を調べてほしい」という調査を請け負った。  

さまざまな自治体の事例や統計を調べた結果、こうなった。「人口が4千人以下となり、うち65歳以上が45%を超えると、その自治体は生産年齢人口(15~64歳の人口)を増やすことがほぼ不可能になる」  自分たちが導いた答えにショックを受けた菅野さん。

「このままでは故郷は手遅れになる。あと10年が生き残れるかどうかの正念場だ。人口減少打開に向けた対策を、今すぐやるしかない」  実は以前から、帰郷時に西川町役場の職員らと意見交換をしていた。ただ、町役場の腰は重い。「活性化のアイデアはあっても、実施するための補助金申請はしてこなかった。どうしたら事業化できるのか分からない様子で、挑戦する機運も乏しかった」

町長室で打ち合わせに臨む菅野さん=9月5日、西川町役場

 一方で、自分には地方創生や補助金行政の経験がある。「どうすれば…」そんな時、偶然にも地元の政党関係者から声を掛けられた。「町長選に出てみないか」  公務員という安定した職を失うため周囲は反対したが、思い切って出馬。選挙戦に勝ち、2022年4月、町長に就任した。

▽LINEを通じて1400人と交流

  菅野さんが温めていた考えはこうだ。「一気に人口増加に転じさせるのは難しい。まずは西川町のファン、つまり『関係人口』を増やさなければならない」  関係人口とは、大都市など町の外に住みながら、観光や仕事などさまざまなきっかけで継続的に町と関わってくれる人のことだ。ふるさと納税をしてくれる人、観光のリピーターになってくれる人、仕事を通じて町と関わってくれる人…。  

こうした人からニーズやアイデアを吸い上げ、町の知名度や魅力を高めることで、観光振興や財源確保、ひいては移住の増加につなげるという青写真を描いた。

それを実現するための手段がデジタルだ。狙いをこう解説する。

 「財源や人手に乏しい中山間地の小規模自治体でも、町内から遠方の人まで幅広くコミュニケーションをとることができる。SNSのアカウントやメールアドレスとつながることで、相手の関心に沿った効果的な告知も可能になる」  中でも、利用者が多いLINEにまず目を付けた。

「オープンチャット」と呼ばれる機能を利用すれば、町内外の誰でもチャットグループのメンバーになり、全員に向けたメッセージを送ることができる。メンバーが知人や出会った人をグループに誘ったり、町のSNSで参加を呼びかけたりして、メンバーを増やす狙いだ。

 チャットで告知する内容は、観光PRから、町内外のイベントに参加した際の写真や感想まで多種多様。町外の人からもさまざまな投稿が寄せられる。町長となった菅野さんも頻繁に投稿し、メンバーと直接、意思疎通をする。  メンバーは次第に増えていった。ことし9月20日現在で1400人超となり、手応えを感じている。「町内外との活発なコミュニケーションができている。町在住の利用者も相当数いるため、町民ニーズの把握にも役立っている」

西川町が販売した公園命名権付きのデジタルアート(西川町提供)

▽「デジタル住民票」をネット販売

13倍超の抽選に  今年4月には、新たにユニークな取り組みを始めた。「デジタル住民票」だ。  町の事業だが、公的な住民票ではなく「西川ファンの証し」という位置づけ。価格は千円で、町内外の誰でもデジタル住民となれる。町長とネット上の仮想空間「メタバース」上で意見交換できるほか、町外の「住民」は町の温泉が入浴無料になる。デジタル住民票の作成では企業と連携して「非代替性トークン(NFT)」と呼ばれる技術を使った。

 NFTは、複製不能のデジタルデータを指す。近年は町おこしでの活用が広がっているが、菅野さんによると、自治体が公式に販売するのは全国初という。  当初は1千個限定の抽選販売だったが、話題を呼び、販売開始から1分で発行数を超える申し込みがあり、最終的には1万3440人に上った。 「町民の約3倍の人たちが感心を持ってくれたことになる」

 9月には、町内の公園の命名権を付与するNFTアートのネットオークションも開催。すると、「想定以上」と町職員も驚く130万円で落札された。

▽人手不足はAIでカバー

 町長の地方創生策はまだ終わらない。 町の人手不足をAIでカバーする取り組みにも力を入れ、観光振興の一環として、4月から「AI謎解きゲーム」を実施している。地元の山岳信仰をモチーフにしたストーリーに従い、AIと対話しながら謎を解く内容だ。町内を周遊しながら魅力を体感してもらい、人手をかけずに西川ファンを増やす狙いがある。

 町民生活向上のためのアプリも企業と開発している。AIが生活相談を受けたり、お年寄りの話し相手になったりすることができる。方言にも対応しようと、今年7月には地元の言葉をAIに教える町民らをオーディションで募集。40~80代の男女計5人が選ばれた。

 アプリを搭載したタブレット端末は、2024年3月末までに町内の全戸に配布する予定だ。  ▽財源は国の制度をフル活用。できるだけ交付金で賄う  菅野さんはこれらの取り組みを、デジタル事業の「スタートアップ」と評する。一部には「そんな事業に多くの予算を使うのか」と懐疑的な声もあるが、菅野さんは「財源は国の交付金なども使って確保している」と説明する。

インタビューに答える西川町長の菅野大志さん=9月5日、西川町役場

 たとえばAI謎解きゲームは、事業費2千万円のうち1千万円が政府の「デジタル田園都市国家構想交付金」。残りの1千万円も「企業版ふるさと納税」制度で得た寄付金を利用した。  町長就任以降、申請が通ったデジタル田園都市国家構想交付金は計約9億5千万円に上る。2023年度はデジタル関連事業費計9億2586万円の約57%に当たる5億2958万円を同交付金で賄うという。  「国の制度を積極活用するべきだ。政府の交付金は自治体間のアイデア勝負で交付先が決まるものもある。小さな町でも、創意工夫次第で財源を調達できる」。政府で補助金行政に携わった経験が生きている。

▽「リスクを恐れない挑戦」が最大の策

 今年9月1日時点の西川町は人口4696人、高齢化率は47・3%。8月に策定した2030年度までの総合計画では、現在のペースで減少が続いた場合、2030年4月1日には人口が4085人になると推計した。「ボーダーライン」の4千人が目前に迫る。

 目標は「8年以内の生産年齢人口増加」。そのために「できるだけ早く減少傾向から増加に転じさせる」。それだけに、わずかでも人口が増えたことは素直にうれしい。  9月現在、町の「関係人口」は約1万3800人になった。町長就任からの1年半で西川ファンは着実に増えている。菅野さんの挑戦は今後も続く。「経営感覚を持ち、リスクを恐れずにチャレンジを続けていく。挑戦が最大の人口減少対策になると信じている」

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