橋田寿賀子さんの著書でも注目された安楽死 ヨーロッパでは基礎疾患がない高齢者も…93歳の認知症女性は自ら服薬

橋田寿賀子さんの著書でも注目された安楽死 ヨーロッパでは基礎疾患がない高齢者も…93歳の認知症女性は自ら服薬(読売新聞(ヨミドクター)) – Yahoo!ニュース

宮本礼子・顕二「高齢者の終末期医療はよくなったのか」

 人は寿命が尽きるころになると食欲がなくなり、飲み込む力も衰え、食べたり飲んだりしなくなります。

今は医療が進歩し、人工栄養(鼻チューブ・胃ろうからの栄養、濃い点滴)が行われるようになりました。

終末期医療はどう変わったのか、医師として高齢者医療にかかわる宮本礼子さん、宮本顕二さんの2人がお伝えします。

選択肢のひとつとして

 「渡る世間は鬼ばかり」の脚本で有名な故橋田寿賀子さんが、2017年に「安楽死で死なせて下さい」(文春新書)を出版し、大きな反響を呼びました。

当時90歳を過ぎた彼女は、自分の死に方について考えたとき、「安楽死が選択肢のひとつとして、ごく自然にあったらいいな」と述べています。

 安楽死とは、助かる見込みのない病人を、本人の希望に従って、苦痛の少ない方法で人為的に死なせることです(広辞苑より)。

 2019年に、ベルギーの車いす陸上パラリンピック金メダリストが40歳で安楽死しました。

彼女は10代の時、断続的な疼痛(とうつう)発作を伴う原因不明の進行性四肢まひを発症、29歳の時に将来、医師が自分を安楽死させることを認める書類に署名していました。

生前、「安楽死ができる可能性が、ここまで選手活動を続ける勇気を与えてくれた」と述べています。

国内でも安楽死を認める意見は多く

 少し古くなりますが、朝日新聞が2010年に行った全国調査(日本人の死生観)では、「治る見込みのない病気で余命が限られていることがわかった場合、投薬などで安楽死が選べるとしたら、選びたいと思いますか」という問いに、「安楽死を選びたい」が70%でした。

また、安楽死を法律で認めることに賛成が74%でした。

NHKが2014年に行った全国調査でも73%の人が安楽死を認めていました。

 一方で、安楽死を認めることは弱者や障害者排除につながる危険性があり、「死にたい」と思わせないような周囲の支援や質の高い介護の方が重要との意見もあります。

 昨年11月、カナダのトロントで開催された「死の権利協会世界連合」国際会議に参加してきました。

この世界連合は、国籍、職業、宗教、倫理的および政治的見解に関係なく、死の権利を認めようとする人と団体の集まりです。

安楽死を認める/求める国、あるいは安楽死は反対するが尊厳死を認める/求める国の人たちが参加しています。

日本からは妻の礼子が(公財)日本尊厳死協会の代表として「日本の認知症終末期医療の問題点」を発表しました(※1)。  今回、この会議の報告も兼ねて安楽死について考えてみたいと思います。

ナチスの歴史抱えるドイツも安楽死を認める

 近年、安楽死を認める国が西ヨーロッパを中心に急増しています(※2)。

ドイツは第2次世界大戦中、ナチスによる障害者(多くは精神障害者)の大量殺人が「安楽死」として行われた歴史から、安楽死はタブーとされてきましたが、2020年、憲法裁判所が安楽死を認めました。

 2022年にはイタリアでも「合法的自殺幇助(ほうじょ)」が初めて実施されました。

 お隣の韓国では2018年、助かる見込みのない終末期患者の延命治療をとりやめることができる法律が施行されました。

その後、2022年9月に、医師による自殺幇助を認める法案が野党から提出されましたが、これは医学界や患者団体から猛反対されたと聞いています。

死期が近い患者以外にも対象拡大

 当初、安楽死の対象は、死期が差し迫り、耐えがたい苦痛があるがん患者や遺伝性筋疾患、神経難病患者などに限られていましたが、最近は、認知症や精神疾患、そして90歳以上なら基礎疾患がなくても安楽死を認める国が増えてきました。

今回の国際会議でも、カナダから認知症患者としては国内最初の安楽死の例が報告されていました。

オランダで聞いた認知症や高齢者の実例

 私たちが2017年に訪れたオランダでは、すでに認知症や高齢者の方にも安楽死が行われていました。

オランダで安楽死を行っている家庭医から聞いた3人の例を紹介します。  

1人は93歳の認知症の女性で、83歳の時に「将来、認知症になったら安楽死を望みます」と宣言しました。

85歳ころから物忘れがひどくなり、認知症になってからも「安楽死したい」といつも言っていました。

医師は当初、安楽死に反対でしたが、最後は納得し、息子も同意しました。

 安楽死の当日、本人はその日が安楽死を遂げる日であることを忘れていましたが、そのことを告げられると、「自分で薬を飲みます」と言って、渡された薬を飲んで亡くなりました。

 2人目の93歳男性は、以前から「身の回りのことができなくなった時が安楽死する時」と言っていました。

その後、歩き出すとすぐに転んでしまうようになり、身支度も難しくなりました。

本人は「車いすも使いたくない」「施設や病院にも入りたくない」「安楽死したい」と言うようになりました。

 話し合いを繰り返しても「安楽死したい」という意思を変えることはできませんでした。

安楽死の当日、息子はとびっきり上等の服を買ってきて、父親に着せました。

医師から渡された薬を飲んだ後、「ビールの方がおいしい」といって亡くなりました。

 一方、3人目は、安楽死を希望していた独居老人でしたが、息子が近所に引っ越してきたとたん、安楽死を希望しなくなったそうです。

 会議にも参加していたロンドンの認知症専門医は、自身の著書「O.LET ME NOT GET ALZHEIMER’S,SWEET HEAVEN」(2019年)のなかに、「認知症と診断された時はスイスに行って安楽死することも選択肢の一つ」と明記しています(イギリスで安楽死は非合法)。

安楽死から「医療介助死」へ変更提案

 トロントの国際会議では、安楽死(Euthanasia)という言葉をやめ、「医療介助死(Medical Assistance in Dying または Assisted Death)」と呼ぶことが提案されました。

今後、この言葉が一般化すると思います。

なお、カナダでは医師だけでなく、診療看護師(nurse practitioner)も安楽死を行えるので、Physician’s Assistance とは言わず Medical Assistanceになったとのことです。

安楽死について考える報道番組や映画も

 NHKは2019年、スイスに渡って安楽死を選んだ神経難病の女性のドキュメンタリー番組「彼女は安楽死を選んだ」を放映しました(NHKオンデマンドで視聴可)。

延命とは何か、生きるとは何かを問いかける番組です。

 映画では、2013年にフランス映画「母の身終い」が公開されました。

がんで余命わずかな母親が、元気なうちにスイスに行って安楽死を遂げるまでの息子の葛藤を淡々と描写しています。  

昨年は「PLAN75」が公開されました。

75歳から安楽死を自由に選択できる近未来の日本で、倍賞千恵子さん演じる安楽死を選んだ78歳主人公の心のうちを描写しています。

いずれも、映画制作者が安楽死に対する自身の考えを主張するのではなく、視聴者自身が考える内容です。  

私は見逃しましたが、フランスの名匠フランソワ・オゾンが安楽死を望む父親とその娘の葛藤を示した映画「すべてうまくいきますように」が今年2月に公開されました。

近々、DVDが利用できるようになると思います。

医療介助死は終末期の選択肢か

 人の命は大切です。一方、死は誰にでも必ず訪れます。

その人生の最期に、命の延長だけを求めるのか、それとも残った命の質を求めるのか。

もし、命の質を求めるなら、終末期医療の選択肢の中に医療介助死(安楽死)があってもよいのか、今、議論する時かもしれません。

※1 日本尊厳死協会は尊厳死(自然死、平穏死)を希望する人のためのリビングウィルの普及をはかることを目的にした公益財団法人です。安楽死には反対すると宣言しています。

※2 2023年3月時点で以下の国で安楽死が認められています。スイス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、オーストリア、スペイン、イタリア、ドイツ、アメリカ(一部の州)、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、コロンビア。

宮本顕二(みやもと・けんじ)

 北海道大学名誉教授、北海道中央労災病院名誉院長。  1976年、北海道大学医学部卒。内科医。専門は呼吸器内科と高齢者終末期医療。

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