帝国主義的政策は、二度の世界大戦後もなお、米国の政策として脈々と受け継がれてきた。
人口抑制政策ではヘンリー・キッシンジャーの「安全保障研究メモ200」(注)が有名であるが、
ここでは戦後の地政学者を代表するズビグネフ・ブレジンスキーに焦点を当ててみたいと思う。
・注 「安全保障研究メモ200」 1974年、当時米国務長官であったヘンリー・キッシンジャーは「安全保障研究メモ200(NSSM200)」という機密文書の中で、途上国の発展という地政学的リスクに対処すべく人口抑制や食糧配給統制の必要を説いている。
そして、植民地における人為的飢餓と何ら変わりないこの政策は翌年、政策方針として起用されている。(http://pdf.usaid.gov/pdf_docs/Pcaab500.pdf)
「米国にとって一番の勲章は、ユーラシアだ、、、米国の世界的覇権はユーラシア大陸における優勢をいかに、そしてどれだけ維持できるかにかかっている。」
という一節からも分かるように、彼は生粋の地政学者である。
彼は著作「壮大なるチェスボード(1997年)」(注)の中で、さらにこう述べている。
・注 「壮大なるチェスボード(1997年)」 この著作のなかで彼はドイツの地政学者カール・ハウスホーファーがナチス政権の「東方への衝動」(ドイツ人を殖民するためにポーランドなどを侵略する政策)を生み出した事などにも触れているのだが、驚いたことに彼はそれを十分承知したうえで、冷戦後の世界情勢に地政学を適応させている。
Zbigniew Brzezinski, “The Grand Chessboard: American Primary and Its Geostrategic Imperatives” p30. Basic Books, 1997
「今後起こりうる最も危険なシナリオは、中国、ロシア、そしておそらくイランが、共通のイデオロギーからではなく相補的不満の下、一丸となって我々の権力に反旗を翻すことだ、、、万が一、このような事態が起こる事を未然に防ぐのであれば、米国はユーラシアの西、東、そして南の周囲において、地政学的手腕を発揮すべきであろう。」
他国が「我々の権力に反旗を翻す」事に対する恐怖心は、ゼウスのそれを彷彿とさせるが、彼がその矛先を向けたのはロシアだ。
1970年代後半、カーター政権の官僚であったブレジンスキーは、ソ連の勢力拡大を阻止するため、中東から南アジアまでの地域を「危機の三日月地帯」と称し、その不安化を図ってゆく。
その一環として、ソ連のアフガニスタン侵攻後、対ソ抗争を口実に米国がムジャヒディンやアルカイダなどのイスラム過激派組織に数十億ドル以上と言われる資金や武器を提供したのは有名な話である。
既にお気づきだろうが、彼がロシアを標的にした理由は共産主義ではない。
それは、ソ連崩壊後の彼の政策を見ても一目瞭然であろう。
1990年代初頭、ワルシャワ条約機構が解体され、米主導の「ショックセラピー政策」によりロシア経済は衰退していたにも関わらず、彼は「NATO拡大」を提唱する。
当時の情勢からしても、ロシア帝国の再来を防ぐ為という彼の大義名分は正当性に欠くが、もし仮にそうであったとしても、民主主義のために「帝国の脅威」に立ち向かうその策として推奨したのが、ロシア分割統治(「ロシア」「シベリア」「極東共和国」)というゴリゴリの帝国主義政策であったというのはずいぶんな矛盾である。
そして、1990年に米国国務長官ベーカーが露大統領ゴルバチョフに、NATOはドイツより東方へ「1インチたりとも」拡大しないと約束したにも関わらず、ここ30年の間にNATOは1インチどころか1000キロ以上も東方へ拡大してきたのだ。
同時に「ウクライナなしでは、ロシアはユーラシア帝国になりえない」というブレジンスキーのスローガンの下、米国は50億ドルもの対露プロパガンダをウクライナに注ぎ込んでゆく。
さらに2013年マイダン革命が勃発すると、約3.6億ドル相当の殺人兵器を含む軍事物資が送りこまれ、その恩恵を受けた超右派を含むアゾフ連隊はオデッサ虐殺などの非行を繰り返してゆくことになる。
このように「ウクライナの民主主義のため」という名目で、あからさまな内部干渉が行われてきた事実は、2014年マイダン革命の真っ只中、アメリカの欧州担当国務次官ヌーランドがウクライナの次期首相として反露派のヤツェニュクの就任を秘密裏に決定していた事からも明らかである。
そして同年、メルケル元首相も認めたように、ウクライナの戦力を増強させるための「時間稼ぎ」としてミンスク合意が締結され、停戦という名の開戦準備が始まるのである。
本題から反れてしまうのでウクライナ情勢に関しては参考文献の記載に留めておくが、現在の状況がブレジンスキーの仕掛けたユーラシア分割統治というチェスゲームの産物である事は既に明らかであろう。
「戦争の病理と帝国主義」 アスカ・バーク 「大阪保険医雑誌」2023年8・9月合併号