「重度訪問介護」の利用が低迷しているのはなぜなのか…障害者の1人暮らしが当たり前にならない現実

「重度訪問介護」の利用が低迷しているのはなぜなのか…障害者の1人暮らしが当たり前にならない現実:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

障害があっても自分が望む暮らし方をしたいー。そんな当たり前の願いを具体化する福祉制度の歯車がかみ合わない。重い知的障害者の利用低迷が叫ばれる「重度訪問介護」もそのひとつだ。国や自治体の支給決定は抑制的にもみえる。なぜこの国はかくも、障害者に冷ややかで、特殊な存在として分離し続けるのか。(特別報道部・木原育子)

◆「そのまま受け入れたら前に進めた」

 10月中旬、東京都内の1DKのアパート。夕食時の食卓には、豚肉炒めや海鮮スープとサラダ…。鮮やかな彩りに会話も弾む。

 フィリピン人ヘルパーのライアンさん(31)が「おいしい?」と話し掛けると、数秒の間の後、鈴木隆太郎さん(31)は「うん」。さらに数秒の間の後、「いい子、いい子だよー」と付け加えた。2人は笑い合った。

 隆太郎さんは、重い知的障害がある自閉症で強度行動障害がある。感情を言葉でうまく表せず、伝わらない不満で、奇声をあげたり時には暴力もある。

 食事の取材中も突然、バッとイスから直立不動で立ち上がり、ピョンピョンと垂直に跳び始めた。しかしライアンさんは驚かない。食事を食べ続け、時折「りゅうちゃーん」と呼びかけるだけだ。数分後、隆太郎さんはすっきりした様子で、静かにいすに座った。

 ライアンさんは言う。「最初は必死にジャンプを止めていたが、止めると逆にテンションが上がってしまう。誰かに迷惑をかけているわけでもない。そのまま受け入れたら前に進めた」

◆ヘルパーが交代で日常支える

 隆太郎さんは、2018年から1人暮らしをする。部屋の壁に張られたカレンダーには10人ほどのヘルパーの名前がぎっしり。食事や入浴、排せつの介護、深夜時間帯の見守りなど、交代で日常を支えている。

 利用している福祉サービスは「重度訪問介護」だ。一定時間だけヘルパーらが訪れる「居宅介護」と異なり、人によっては24時間に及ぶ長時間の「見守り型」で生活支援する。

 1970年代に重度肢体不自由の人たちの求めで始まった制度が前身。当初は重度肢体不自由の人が対象だったが、2013年の障害者総合支援法施行で、重度の知的障害者や精神障害者にも広がった。

 だが、国や自治体は制度の周知に消極的。重度訪問介護を利用している知的障害者は現在、身体障害者の10分の1程度にとどまる。

◆「チャレンジさせたい」への冷たい返答

 隆太郎さんは17年ごろから暴力行為や深夜の徘徊はいかいが目立ち始め、母親の昌子さん(69)は「一緒に暮らすのは厳しい」と行政に相談した。青森のグループホームを紹介され、一度は入所を考えたが、重度訪問介護の制度を知り、「チャレンジさせたい」と1人暮らしを選んだ。行政の担当者から「失敗しても戻るところはありませんよ」と突き放され「とても冷たく感じ、心細かった」と振り返る。

 だが、1人暮らしを始めると、隆太郎さんは変わった。自傷他害の行為は消え、短いけれどヘルパーさんとの会話も生まれた。「本人が一番苦しかったんだとやっと分かった。もっと早く自立させ、自由にさせてあげたら良かった」

 隆太郎さんに重度訪問介護のサービスを勧めたNPO法人「はちくりうす」(東京)の櫻原さくらはら雅人さん(58)は「障害が重いという理由だけで、グループホームや入所施設という道しか示されてこなかった。本人の自己決定を保障するためにも、1人暮らしという選択肢がもっとあっていい」と社会意識の変革を求める。

◆でも現実は…「まず居宅介護」

 ただ、現実は厳しい。

 重い身体障害と知的障害がある竹村紗世さん(32)は今月から重度訪問介護を利用している。「ヘルパーさんが半年がかりでも集まらず、今も自分が介護に入る時間帯が何度もある」。母親の眞紀まきさん(58)がそう打ち明ける。

ヘルパーとコミュニケーションを楽しみながら過ごす竹村紗世さん㊧=東京都内で

ヘルパーとコミュニケーションを楽しみながら過ごす竹村紗世さん㊧=東京都内で

 これまで居宅介護を使っていたが、半年以上前に24時間介護の重度訪問介護を希望した。「時代の変化とともに暮らし方の選択肢も増えた。制度も柔軟に運用してほしい」

 2019年度の居宅介護の月平均利用者は18万3000人で15年度比1.2倍だが、重度訪問介護は1万人程度でほぼ横ばいだ。

 厚生労働省障害福祉課の担当者は「まずは居宅介護でニーズを見極め、本当に総合的な支援が必要ならば重度訪問介護の支給決定をするよう、市町村に求めている」と説明。あくまで居宅介護を前提とする。

◆希望者が押し寄せる不安?

 東京家政大の田中恵美子教授(社会福祉学)は「渋る背景には限られた予算の中で、1人に出すと次々に希望者が押し寄せる不安があるのではないか。24時間介護が必要な人には、しっかり使えるようにしていくべきだ」と訴える。

 国は、障害者の「地域移行」へ旗を振るが、かみ合わない。施設入所した人のうち、地域移行したのは20年度までの4年間で6342人。4.9%だけだ。地域サービスを充実させて利用を促進させなければ「脱施設」は難しい。田中教授は「世界は人権に鑑み、施設入所者ゼロに進むが、日本は目標設定がそもそも低い。これで脱施設は実現するのか」と疑問視する。

 臨時国会に提出された障害者総合支援法の改正案も相談体制の強化が主で、重度訪問介護の充実などは盛り込まれなかった。

 早稲田大の岡部耕典教授(障害学)は「重度の障害者はいつも社会から取り残されている」と訴える。岡部教授の息子は重度の知的障害で行動障害があるが、重度訪問介護を使い、1人暮らし中。「最初は周囲から1人暮らしなんて…と言われたが、幼い頃からヘルパーに囲まれて育った環境もあり、親といるより自由で楽しいようだ」と話す。

◆「これ以上、障害者権利条約に恥をかかせないで」

 欧米では重度の障害者がヘルパーと契約し、24時間介護を受けながら1人暮らしする「パーソナルアシスタント」が積極的に使われる。まさに重度訪問介護に相当する。「障害者の脱施設を本気で進めるためにも、国が重度訪問介護の利用を後押しするべきだ」

 そんな中で今年9月、障害者権利条約に基づく国連の対日審査で、日本は多岐にわたる勧告を受けた。

 「自立生活というのは、イコール人権なんだということを日本に理解してもらいたい」。障害者権利委のヨナス・ラスカス副委員長は勧告後に来日し、障害者団体の会合でそう話すと「権利条約に『重度』という言葉はない。医学的な評価にすぎない」とも語った。

 重度訪問介護は、障害の程度に応じた支援区分や障害種別など利用枠組みが厳格に決められている。権利委では「心身の障害」を理由にした法的制限も懸念し、勧告で、障害者が自立した生活ができるよう政府の予算配分の変更を求める。

 日本障害者協議会の藤井克徳代表は「わが意を得たりの心境だった。国連はかつて『障害者を締め出す社会は弱くもろい』と言及したが、障害者政策の根本的な解決は社会のあり方とも深く関係する」と訴える。

 さらに「欧州にあるような条約に基づく政府から独立した人権の監視機関を作りたい。障害者権利条約に加え、子どもの権利条約や女性差別撤廃条約に関連した団体とも結束する」と見据え、言葉を続けた。「これ以上、障害者権利条約に恥をかかせないでほしい」

◆デスクメモ

 あれにあんなに予算を割くのかと驚くことが多い。筆頭は防衛費だが、マイナカード絡みのポイント付与、元首相の国葬も。1人のために10億円を使うのに、困難を抱える人々の支援が乏しいのは何と理不尽なことか。ゆがんだ優しさが横行する社会。断じて甘受できずと問い続けねば。(榊)

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