認知症支援の成年後見制度がはらむ「巨大な経済リスク」とは

山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

認知症支援の成年後見制度がはらむ「巨大な経済リスク」とは | 山崎元のマルチスコープ | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)

認知症の支援制度のはずが、経済的に「とんでもなく不自由でかつ不経済な状態」に不可逆的に陥ることまで考えられる危うい制度が存在する。そんなことが起こる理由から、そのリスクを回避するための手立てまでをお伝えしたい。(経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)

認知症対策で要注意
「法定後見」の前に考えよう

 人は老いるし、認知症を発症することがある。これは、健康な人でも自分に起こり得ることを想定しなければならないリスクだ。また、事故などで重い障害が残ることがあるし、知的な障害がありながら生まれてくる場合もある。こうした場合に、親や兄弟・姉妹などの家族が本人の将来を心配することになる。

 俗にマネーリテラシーと呼ばれるお金の扱い方の知識体系を完結するためには、お金を持っている本人がお金について判断を下すことができなくなる可能性にどう対処するかについて、知識と具体的な方法を持つ必要がある。この問題を解決しないと、いわば最後のピースが埋まらなくて、マネーリテラシーが完結しないのだ。

 財産の管理に関する判断能力を持たない人をサポートする仕組みとして、「成年後見制度」があるが、成年後見の利用には幾つか重大な注意事項がある。

 例えば、後見が必要になるケースで最も多い事情は銀行取引だ。認知症が進みつつある本人の家族が、銀行員の案内に従って家庭裁判所に後見人の選任を申し立てたとしよう。

 すると、家族を後見人に推薦しても、弁護士・司法書士などの職業後見人が選任される場合がある。さらにその後に、経済的に「とんでもなく不自由でかつ不経済な状態」に不可逆的に陥ることまで考えられる。財産の扱いが不自由になったり、サービスに見合わない多額の費用(年間24万〜96万円。後見人の報酬は家庭裁判所が決定する)が、本人が亡くなるまで掛かり続けたりするようなことが起こり得るのだ。

後見の手続きを進める前に
「必読」の1冊がある

 銀行員の言ったことに間違いも悪意もない。「後見人に家族を推薦できる」というのも本当だ。しかし家庭裁判所は、特に本人の銀行預金残高が大きい場合、職業後見人を選任する場合が多い。

 銀行取引や不動産取引、施設への入所などの際に、「後見人が必要だ」と言われて不用意に手続きを進めてしまうと、大変なことになる場合があるのだ。

「後見」の手続きを進める前に、ぜひ本を1冊読んでほしい。宮内康二著『成年後見制度の落とし穴』(青志社)だ。著者の宮内氏は、一般社団法人・後見の杜(こうけんのもり)の代表で、成年後見の制度と事例に詳しい。また、かつて東京大学でジェロントロジー(「老年学」と訳される)の教鞭を執っておられた。

 同書によると、成年後見制度がスタートした2000年には親族が後見人に選ばれるケースが約9割と圧倒的に多かった。一方、12年には弁護士等の職業後見人が選ばれるケースが逆転し、20年には職業後見人が付くケースが8割を占めるに至っているという。

資産8.4兆円に対して費用848億円
毎年1%ずつ財産が減る制度

 前掲書の推計によると、21年12月末時点でざっと8兆4000億円の資産が成年後見制度(後見、補佐、補助、任意後見)の利用下にある。そして、約848億円の費用(後見人、監督人の報酬)が支払われているという。

 判断能力が低下した本人の財産を管理し、年に一度財産目録を家庭裁判所に提出する程度の仕事に対する報酬としては不当に高いように思われる。

 また、この本の事例を見ると、本人のためにも家族のためにもなっていないケースが多々載っている。例えば後見人によって不動産が売却され、本人が施設に入れられて、本人と家族が会うことを妨害されるなどといったケースが挙げられる。読んでいるうちに、怒りで背中が熱くなるような話が全国あちこちで生じているのだ。

 後見人を務める全ての弁護士や司法書士が悪いわけではあるまいが、経済的な利害が存在して、後見という制度に独特な権限が絡むと、驚くような悪事が発生する場合があるのだ。制度の失敗事例として興味深い。

なお、同書によると例えば「司法書士 後見 横領」とインターネットで検索するだけで多くのケースが出てくるという。確かにその通りだ。

 ちなみに、弁護士、司法書士等の職業後見人は、不動産を売却した場合に事務の報酬が別途支払われるし、裁判所が決める後見人・監督人の報酬は被後見人の銀行預金残高に応じて決められる仕組みだ。従って、後見人が不動産を売却したり、保険の解約や有価証券を売却したりするなど、預金残高が増える状態を好むインセンティブが働く仕組みになっている。さらに、職業後見人が生活費を家族に出し渋る原因にもなっていると考えられる。

 経済取引の常識で考えると、何とも不細工で理不尽な仕組みなのだ。

 同書には高齢者の認知症のケースも多数載っているし、障害がある子どもとその親の身につまされるケースも複数取り上げられている。

 ともかく、後見人の選任を申し立てようかと思う人は「手続きをする前に」一読してほしい。手続きを始めてしまうと手遅れになる場合がある。後見が必要か否かの判断方法、トラブルの際の対処方法や連絡先なども載っている。

後見制度のリスクを避けるには
どうしたらいいか?

 では、まだ成年後見制度を利用していない「普通の人」はどうしたらいいのか。

 宮内氏が、前掲書の後書きで述べる「結論」は以下の2点だ。

(1)今の法定後見制度には慎重に臨む
(2)実際に使うためでなく、法定後見から身を護る楯として心当たりの人と任意後見契約を締結しておく

 何はともあれ、「職業後見人を付けられかねない法定後見を避けよ」ということだ。そのために、後見が必要な場合にあらかじめ指定した人物が後見人になることができる任意後見契約を締結しておくといいが、任意後見契約もできるだけ発効しない方がいいということなのだ。「後見」とは、一体誰のためにある制度なのだろうか。

 任意後見契約で、親族などが後見人となる場合にも、この後見人が適切に後見しているかどうかをチェックする「監督人」という、いささかお節介で余計な役割がある。弁護士・司法書士などが選任され、監督人に報酬が発生するのだ。

 親族の後見人が被後見人の財産を使い込むようなケースがあり得なくはないのだが、家族にとっては監督人が不要と感じられる場合が多いはずだ。

山崎家の場合、任意後見契約と
財産管理等委任契約の組み合わせ

 何をどうしたらいいのかを具体的な事例で説明しよう。北海道札幌市にある筆者の実家で、5年ほど前に行ったあれこれをご説明する。

 約6年前、筆者の父が90歳を目前に他界した時、父が主に母(当時81歳)のために遺した金融資産がいくばくかあった。相続人は、母の他に、筆者と筆者の妹(筆者の11歳下である)がいたが、子ども2人は相続を放棄し、母が全額を相続した。この手続きは簡単だった。

 当時元気で長命が予想され、消費意欲の旺盛な母だったが、彼女の生活費が足りなくなることはなさそうで、子どもたちには大した金額が残りそうにない絶妙な加減の遺産だった。

 母の銀行口座にもある程度の残高があり、その他に証券会社で個人向け国債(変動金利型10年満期)を少々持っていた。そこに、父の銀行預金と証券口座の有価証券が加わった。

 必要な作業は、将来母の心身が衰える可能性に対処する契約を作ることと、母の下に集約された金融資産の状態を整理することだった。当時の母は、まだゴルフを続けているくらい大いに元気だったのだが、あれこれの手続きは、このタイミングが良かったとつくづく思う。

 妹と母は、二つの契約を結んだ。一つは、金融機関との取引を母が妹に委任する「財産管理等委任契約」、もう一つは、将来必要な状態になった場合に妹が母の後見人になる「任意後見契約」だ。これらを合体した契約書を、妹が母と共に札幌の公証役場に行って締結してきた。

 契約書のドラフトは、ネット上にあるサンプルを検索するなどして、筆者と妹とで作り、ほぼその文面で締結した。

任意後見契約のために必要なのは
「合計4万円」

 ただし、1回目の際には、公証人さんが「任意後見契約」の部分を無視して、「財産管理等委任契約」だけだと即断したのでうまくいかなかった。妹には、もう一度公証役場に行ってもらった。公証人さんがこの種の契約に慣れているかどうかが影響する場合があるのかもしれない。

 費用は数万円としか記憶がないが、宮内氏の前掲書には、任意後見契約のために掛かるのは合計4万円だとある。公証人に払う費用と、契約内容を法務局に登記する費用の二つの合計額だ。

 後見を引き受ける人を追加する場合は、1人当たり1万1000円増えるという。山崎家の場合は、筆者よりも妹が大幅に若く、女性の方が寿命が長い傾向もある。そのため、母の金融取引の代理人と、必要が生じた場合の後見人は妹にすることとした。

その後、5年の間に幾つかのきっかけがあって、母は子どもたちにとって意外なほど心身の機能が衰えた。現在、かつて父がお世話になったのと同じ高齢者向けの施設に入所している。入所の際の費用は彼女の預金で賄った。

 今のところ、母は身体機能が衰えたものの、認知機能に関しては後見を要するような状態にない。また、今後仮に彼女の認知機能が衰えても、監督人を付けられてしまう任意後見に移行することはできるだけ避けたいと思っている。

 宮内氏によると、山崎家と同様の契約(移行型の任意後見契約)を持っていても、任意後見に移行せずに、代理人である親族が本人の財産を管理することで足りる場合が9割以上だという。

山崎家の場合、「金融資産の整理」
父が遺した証券口座を見て後悔

 金融資産の整理についても経緯を説明しておこう。

 預金は、父から母が相続した預金を母の預金口座に統合すればよいので簡単だった。

 父が持っていた証券会社の口座には、生前父が楽しみを兼ねて投資していた個別株が数銘柄と、毎月分配型などの投資信託があった。筆者は、自分が投資にコメントする仕事をしていたし、父の楽しみに介入しない方がいいという思いがあって、父の証券口座については生前にチェックもアドバイスもしなかった。しかし、彼の残した口座の残高明細を見て息子として少々後悔した。

 もう少し合理的に運用していればもっと増えていたはずだという思いもあった。ただそれ以上に、このようなポートフォリオでは楽しくなかっただろうと、個別銘柄についても投信についても思った。生前のかなり早い段階から、なぜ父親に運用の方法をコーチしなかったのかということは、彼の息子としての筆者の後悔の一つだ。父は、キャッチボールの相手もしてくれたし、囲碁も教えてくれたのだから、恩返しに投資の方法くらい教えるべきだった。

 読者も、親御さんの金融資産の状態を見てあげてほしい。誇張でなく「息を飲むような状態!」になっている場合が少なくないはずだ。

 さて、父が持っていた有価証券は全て売却して、母が同じ証券会社に持っていた口座に現金を移動した。ネット証券に母の口座を開いて資産を移管しようかとも思ったが、母が高齢のため口座の開設手続きがいささか面倒だったし、父が使っていた証券会社なので、そのまま使う事にした。

証券会社の担当者と上司に伝えた
「高齢の母に営業勧誘は一切しないで」

 筆者が行ったことは二つだ。

 一つは、母と一緒に証券会社を訪ねて、母の担当者とその上司に、「母はもう高齢なので、今後一切営業勧誘はしないでほしい」との意向を伝えたことだ。これは、高齢の親御さんが証券会社や銀行と取引している場合には「ぜひとも必要な手続き」だと思う。親御さんの持っている金融商品を見ると、そう思う人が少ないはずだ。

 もう一つは、金融資産の組み替えだ。これは筆者が何冊も書いた書籍で言っているように、内外の株式のインデックスファンドと個人向け国債変動金利型10年満期の組み合わせが「無難」で「ほったらかし」にできるので、そのようにした。

 ただし、対面営業の証券会社の支店では、手数料が安いインデックスファンドを取り扱っていない場合が多い。筆者と母が訪ねた証券会社の支店もそうだったので、インデックスファンドは上場投資信託(ETF)で行うことにした。株式の売買と同様の手数料が掛かるが、ETFは運用管理費用(信託報酬)の安いものを選ぶことができるので、投資のコストを小さく抑えることができる。

 なお、今なら内外株式に分散投資せずとも、全世界株式(含む日本株)のインデックスファンド1本でいいと思う。大手ネット証券で投資信託を買えるなら「eMAXIS Slim全世界株式(オールカントリー)上場投資信託」ないし、これに近い商品がいい。対面営業の証券会社で投資商品を選ぶならETFで「MAXIS上場投資信託全世界株式(オールカントリー)」(銘柄コード2559)などを選ぶといいだろう。

 母のポートフォリオは、5年前に組み替えて、その後今日まで「ほったらかし」の状態にある。そして、幸い母は元気だ。希望も含めて言うと母は長命だろうし、今後それなりにお金も掛かる。子どもたちに大したお金は残ると思えないが、「2世代運用」は今のところ順調だ。

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